信仰というもの-6
教会にも色々ある。一般的には古めかしいものが教会と思しきものだが、時には思いも寄らない形を見せる教会もある。威厳や尊厳ではなく優しさに包まれるような教会の姿も心を落ち着かせる力があることを、この教会は教えてくれる。1950年から1955年にかけて建設された白亜の教会は不思議な生命力を見るもの訪れるものに与えてくれる。光と陰を演出する魔術師でもあるル・コルビュジエのロンシャンの礼拝堂である。決して真っ直ぐではなく微妙に湾曲する曲線によって構成されたデザインは、重厚でしかも軟弱なコンクリートを壁から浮かし、屋根の先端を船の穂先のように曲げきったことで、見事にこの世のものではない異空間を演出しきった点で敬服する。
人々はこの教会に来て祈りを捧げる。父なる神への畏怖と聖母への感謝を日々の生活の支えにしてロンシャン村の人々は生活を送る。周囲から見通しの良い小高い丘の頂上にそびえ立つ教会を仰ぎつつ、日々の暮らしが営まれている。フランスの1955年は第二次大戦後の復興の時期、疲弊した国民の心に生きる力を与えることが求められていたに違いない。そこにコルビュジエが思いを込めた絶妙な建築作品が生まれた。それまでの彼の作風からは考えられない造形美が出現した。それは、どこか信仰の力に支えられたデザインだったのかと思うのは私だけではあるまい。






イ・バンコックでの風景である。江戸時代には日本にも至る所でこうした風景があったのだと思う。たとえば、家の中にも神棚だけではなく台所の竈の上にはお札があり、玄関にも水場にも家内安全などの神々があふれていた。またみんなが共用する井戸端には井戸を覆う屋根を支える柱や貼りにお札が貼られていた。




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