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2016年4月28日 (木)

リクエストに応えて「50年後の日本の食卓」

ブログ読者からのリクエストがありました。表題の「50年後の日本の食卓」ですが、その前に「50年前の日本の食卓」について思い出して見ます。私は17歳の高校3年ですが、姉が短大の栄養士研修で料理を習っていた関係で、生まれて初めて自家製のミートソースを食した記憶があります。使い古した鉄製のフライパンでひき肉をベースとしたケチャップやトマトを煮ていた記憶があります。未だに茹で上がった太めのスパケッティに乗ったひき肉のつぶつぶが印象に残ります。香川県、多度津町での日常生活ですからイタリア料理店もフランス料理店もなかったと思います。それが自宅で味わえるのです。そもそもスパケッティは食べていてもお子様ランチに添えられていたケチャップで会えたナポリタンでしょうか。

さて50年後の「今の食卓」です。現在のミートソース。恐らくどこの家庭でもひき肉をベースにトマトやケチャップなどと煮込んで作る家庭は殆どないのだと思います。恐らくレトルト食品が普及していて、ミートソースやカルボナーラなど手間のかかる料理は簡単レシピに様変わりだと思います。働く女性が増えているという関係もあり、家庭では簡単料理が流行です。それに栄養バランスを考えると野菜サラダやスープも欲しいところ。やはり家族事情や社会事情に食卓の様子も大きく影響されるのだと思います。

そこで「50年後の食卓」ですが、人口減少と共に子育ての社会化、国民全員の社会参加や就労のフラット化が進み、家庭での食卓はよりコンパクトになり、日本の場合はむしろ外食化が進んでいくことになると思います。女性の社会進出が進んでいる北欧諸国の事情ではむしろ家庭同士が結束する食卓、つまり複数の家庭が共食するスタイルが普及しています。コレクティブ住宅や家庭同士が週末を過ごす生活習慣です。これについては日本では広がらないと思うので、外食主導かなと思うのですが、単身世帯も増えていきます。その時、孤立した人が寄り添う食卓の形が問われてくるでしょう。ただ、各家族の食卓はさらにレトルト化しそうですが、品数だけは揃うのでしょうか。亡くなっていしまった建築家の宮脇檀さんがシングルファザーだった頃に、娘さんのために一汁三菜を守ったという自慢話がありますが、一汁三菜は「守る」べき目標であって、心がゆるめばそれも守れないということにもなります。50年後の家庭があるならば、世界の無形遺産でもある日本の食卓文化を遺産ではなくトレンドで続けていってもらいたいものです。

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