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2017年8月31日 (木)

「イノベーションが日本の未来を拓く」高齢化社会はイノベーションのチャンスだ

私は30年余り経過した団地に最初から住んでいるので、各住戸のリフォームやリノベーション具合が耳に入ることから、住みながらリフォームなりリノベーションする世帯の動きを見てきました。そこでは転売で新たに入居する世帯がリフォームするよりは日常的に住んでいる人が住みながらリフォームする方が10倍多いと気付いていまいした。それも新築で入居された方より中古で買った世帯のリフォームが比較的多くなっているようにも思います。ただ当初から入居されている方は30年も経つと家族構成も変わり高齢化しています。そこでリフォームに資金を掛けるというケースが増えてきます。それが高齢者の消費活動だとすれば日本の建設業界には大きい力になります。

国のレポートに依ると「リフォームの大半は高齢者が実施」とあります。まさに実感と一致するのです。まずは年度をまたいで、65歳以上のリフォーム需要が高いのです。当然バリアフリーなど住み続けるためのリフォームですが、それはビジネスチャンスでもあります。特に高齢者の場合は介護保険などと関連したリフォームもあり手続き的に多少面倒な要素もあるかもしれません。国の省エネ対策支援事業などで断熱窓に改修したり、真空ガラスを使うなどで補助金が付されます。こうした事務的なサポートも必要になりますので、総合的なサポート体制のもとで事業化も可能でしょう。

http://www5.cao.go.jp/j-j/wp/wp-je10/pdf/10p02031_2.pdf

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こうした事情を受け止めると、高齢者対象のリノベーション事業がビジネスチャンスになってきます。友人の女性のインテリアコーディネーターがこうしたリノベーションに設計者として関わっていて、仕事としているようです。私の場合にはすでに対個人顧客との折衝ごとは敬遠しているのですが、自らの仕事だとわきまえてやっているのは敬服します。特に高齢者との細々とした打ち合わせは自分が顧客としてやってみるとさらに面倒であることが見えてきて、とても仕事としては無理だという認識にたちました。

そんなわけで私は出来ませんが、友人に協力してもらってリノベーションビジネスを起こしていくのは可能でしょう。そんなイノベーションビジネスがあれば高齢者の住まいを快適にするすべが広がるかもしれません。現実に口コミだけではリノベーションビジネスは難しいと思います。かといってネットで情報発信しても当の高齢者はホームページを信じません。となると地域で撒くチラシや折り込み広告ということになります。なんとも不経済で無駄な投資です。その分、リフォーム料金に加算されるのですからやってられません。何かいい方法は無いのでしょうか。

2017年8月30日 (水)

「イノベーションが日本の未来を拓く」をテーマに書いてみたい

何かにつけて「少子高齢化社会」とか「人口減少社会」などマイナーな情報が世に溢れているのですが、私はこうした現象そのものをポジティブに捉えています。以前書き下ろした「ニュータウン再生」では「引き潮時代のタウンマネージメント」を副題にしました。アマゾンでは0円でダウンロードできますので是非お読みください。

 

http://www.machisen.net/book/

 

https://www.amazon.co.jp/dp/B00B149TUG

 

まえがきの中で「上げ潮経済と引き潮経済」を取り上げました。その趣旨は戦前戦後を通じて日本は国の資産を築き上げて行きますが、人口増加社会の中で個人資産も企業資産も上げ潮に乗って蓄えていったことを前提として、今後はその蓄積を活かして行く時代になったことを共通の価値観として共有し合うことが大切なんだという説明をしています。明治、大正、昭和と西洋列国と肩を並べたいという意欲で肩肘はりすぎて、太平洋戦争には破れたものの戦後の巻き返しが見事にアジアの優として国造りに励んできました。こうしたストックをこれから活かせる時代なのだという共通認識です。

 

海は「上げ潮」時に魚や貝や海藻などの生物がプランクトンや海水の養分を餌に成長し生息しています。それを利用した栽培着業が牡蠣やホタテの養殖などで、まさに満潮時の海のエネルギーを受け止めて育ちます。アサリやハマグリなどもそうですし、昆布やわかめも海藻類は豊富な海の栄養を満潮時に得ます。そうした獲物を魚類や甲殻類は食べて成長しますし海はさまざまな循環で海産物という資源を沿岸に蓄えます。実は「引き潮」時にはその育成した成果を容易に水揚げできるようになります。海苔の養殖は引き潮になって刈り取りますし、定置網も引き潮時に水揚げします。私達が容易に浜を歩きながら海の産物を収穫することができます。まさに潮干狩りです。

 

時代は上げ潮から引き潮の時代に入ってきたのです。私たちはこれまで蓄積してきた資産やシステムをこれから享受する時代に入ったのです。これまで蓄えた「人・物・金・情報」を今からゆっくりと使っていくのです。もう遠洋漁業に行く大きな船でなくても沿岸の小舟で昆布は刈り取れますし、砂浜ではアサリが湧いています。

 

こうした時代に高齢者も主婦も子供も、砂浜にそして岩場に繰り出します。そこにはトコブシもいますし、亀の手も食べられます。最近ではムール貝も岩についているようです。もちろん砂浜にはアサリがいますが東京近郊では限られてきました。私の育った香川県ではまだまだ潮干狩りの出来る浜があります。私の通った蔦島ではキャンプ場の前が潮干狩りの場所でした。いやどこでも録れたのです。岩場に潜って行けばサザエもいればタコもいました。そんな引き潮の恩恵を今後の日本は享受するのです。そこに希望を持ってポジティブに生きたいと思っています。

 

そんな時に必要なのがイノベーションです。「革新する」「刷新する」という英語の動詞です。今までの「上げ潮経済」から「引き潮経済」への転換点でもあり、新たな経済活動の芽生えです。

2017年8月29日 (火)

「国土のグランドデザイン2050 ~対流促進型国土の形成~」多摩ニュータウンは多摩市が中心だが、安定していいる多摩市の未来を予測するのにはもうひとつ読み込みが必要

「多摩市が多摩ニュータウン」だという思い込みが世間には今もあって、多摩市の人口構造や住宅事情が多摩ニュータウンであるかのような報道がされると国民はあたかも「多摩ニュータウンは高齢化と老朽化が一緒に来ている」と半ば同情を掛けるような「あの多摩ニュータウンが限界団地になるなんて」という少し開発当初の華々しいデビューの羨望が変な納得になったような同情を人々に与えるのです。特にテレビ放映は極端で、昔の公団賃貸団地の定休日の商店街を映して「シヤッター通り」と称して、24時間営業のスーパーから買い物終わって買い物カートを引きながらシヤッター前を歩く高齢者の後ろ姿をフォーカスにアーケードと建物の老朽化を二重写しに放映するのです。

その後には、高齢者の居場所をNPOが提供している福祉亭で高齢者の集まりにカメラを移して、元気な高齢者の元気な姿を映像に収め、NPOの関係者のインタビューを撮り、さも高齢化が進んだ街に住み続ける高齢者が集中して居るんだという状況を内外に知らしめ、すなわち「高齢者ばかりの団地」を喧伝するのです。なんとまあ多摩ニュータウンが高齢者で溢れているような誤解だらけの印象を与えてしまうのです。

実は報道されている永山地区は公団賃貸が3600戸ほど集まった地区の商店街で、隣接して都営住宅1500戸も控えていて、必然的に高齢者が集まる地区なのです。さらに呼び寄せ老人などの転入や都営住宅で高齢者が増えることから、福祉亭には高齢者の安心の場として集まってくるのです。当然、その地区は高齢化率も高くなり、若い世帯も居るのですがウィークディの昼間はそこにはいません。買い物は自動車利用ですから商店街には寄り付かなくなります。必然的に団地の商店街は高齢者の場と化するのです。

多摩ニュータウンの半分は分譲です。空き家もなく若い世代も入居しています。10年以上子供の数が減らないのはその証拠です。報道の嘘に騙されたいあなた、目を開けて多摩ニュータウンを見てください。

20 18年3月、小田急線の複々線ダイヤが実現します。そうすると新宿駅8時30分あたりの多摩センターからの所要時間が40分になり、京王線の50分を優れる所要時間の短縮で一挙に10分も短縮する快挙を成し遂げます。さらに小田急線は相模原駅方面に開通予定です。そうなると多摩センター駅や永山駅はさらに交通の利便性が増し、交通の要衝になります。永山商店街も永山駅が最寄り駅です。現在、都営住宅の大規模な建替が始まっています。都営住宅であっても建物が新しくなれば人の気持ちも新しくなります。今後の公団賃貸と都営住宅の利用方法が見直されるだけで急速に元気が取り戻されるのです。

そろそろ公団賃貸の役割は終わりに近づいたのです。もしかして終わってしまっているのかもしれません。二割は空き家です。

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これで「国土のグランドデザイン2050 ~対流促進型国土の形成~」は終わります。明日からは「イノベーションが日本の未来を開く」を始めます。

2017年8月28日 (月)

「国土のグランドデザイン2050 ~対流促進型国土の形成~」多摩ニュータウンのトリは多摩市ですが全域が「0%以上50%未満減少」になっている

発展中の稲城市と八王子市域に挟まれた多摩市は逡巡しています。確かに高齢者は増えていて生産年齢人口も減少しているのですが、ここ10年、子供の数は減っていないし人口そのものも安定しているのです。その中で「国土のグランドデザイン2050」の予測は「0%以上50%未満減少」との答えです。そこには「0%」なのか「50%」なのかという疑問が残ります。私の予測は「0%」です。

多摩市の人口が安定してから20年が過ぎました。人口の転入転出もほぼ均衡を保っていて、このまま行くと高齢者の消滅とともに人口が減少するというストーリーになります。実際、コーホートにも表れ始めていますが高齢者の減少はさらに団塊世代に行くに連れて増えてくるでしょう。ただ、幸いなことに0~4歳児の増加が表れています。若いファミリー世帯の転入がある証拠です。そこが多摩市の逡巡の原因なのですが、間違いなく高齢者の死亡は増え続けるのです。

そこでのポイントはこの世代の退去により空き家が増えるかどうかの行末です。それが現状では持ち家の空き家は殆どないという事実です。高齢者が退去した不動産についての中古流通市場は確実に継承され、あるいは販売できています。初期の団地はリノベーションされれば、そこそこの価格で売れるようです。現実には私の子供家族は中古を買ってリノベして住んでいます。

多摩ニュータウンが見捨てられるとすれば、高齢者がいなくなった住まいが空き家になり、誰もすまない住宅が増加して行くことが懸念です。それは公営住宅を除く公共賃貸住宅にあります。現状では高齢者の転入過多が表れています。高齢者がわざわざ家を買うとは思えませんし、多摩市に老人施設が多いわけではありません。多摩ニュータウンに住む親族が地方から親を呼び寄せている老人の姿だと思います。近所のUR賃貸へ入居させたり、同じ団地に呼び寄せたりしているケースを見かけます。その時に地方の親の家は空き家になり過疎化します。

現状でも高経年の中古分譲住宅に、遅ればせながらの持ち家世代でもある40代後半から50歳代の持ち家世帯が入居するケースが見られます。ずっと賃貸生活だったのを最後に老後の安心のために割安な中古マンションを購入するのです。1階や2階が人気で、多摩ニュータウンの中層団地の市場はこうした世帯が購入します。3階から5階はリフォーム業者が値下がりしきった住宅を安価に買ってリノベーションしてファミリー向けで販売します。不思議にこれが売れるのです。600万円で仕入れで1500万円で売れば、まず間違いなく儲かりますし売れています。

私もリスク覚悟でリノベ商売するかな~ッ。

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2017年8月26日 (土)

「国土のグランドデザイン2050 ~対流促進型国土の形成~」稲城市にとって多摩ニュータウンの面積は301ha市域の17%ですが、市民の30%が住んでいる

なにはともあれ、多摩ニュータウンの中で最も新宿に近いので人気は高いのです。ただし、多摩ニュータウン内の駅として一つもないので最寄り駅からは離れているケースがあります。その中でも最も多摩ニュータウンに隣接している駅は京王相模線「若葉台駅」で稲城市域の多摩ニュータウン拠点駅として商業系の用途も広く確保されています。若葉台駅周辺の開発時期が2000年以降になりますので、最初に「若葉台ワルツの杜」「若葉台駅」歩5分で2000年12月14階地下1階建RC139戸が供給されます。引き続いて2001年11月に「若葉台ワーズワースの丘」「若葉台」歩9分SRC 12階地下1階建350戸が供給され、さらに「ファインストーリア」149 戸RC22階建て2003年6月京王相模原線 若葉台駅 徒歩5分が分譲されました。それで駅前は概ね凌駕されるのです。

2000年以降の多摩ニュータウン開発はすべて民間ディベロッパーに依るマンション開発か戸建て団地開発です。URと東京都の土地を民間が仕入れて開発後に個別販売するのです。ですから全て、個人に売却する分譲団地になります。土地売却時に敷地面積に対する戸数制限があり、住戸面積が制限されます。従って都心と違ってかなり広い住戸になります。いまでは家族の単位が小さくなっているのに住戸は広すぎると思えるほどですが、当事は「ゆとり」として写って30代後半から40代前半の世帯主が購入しました。平均100㎡の修繕積立金と管理費の合計三万円は年金生活には堪えるでしょう。

多摩ニュータウンの稲城エリアの開発は最寄り駅から離れた向陽台で、昭和63(1988)年から公共賃貸住宅と分譲マンションの供給が始まります。その後はバブル経済が進行して駅から離れていても分譲マンションは売れていきます。多摩ニュータウン開発が稲城市に大きく影響を与えていきます。特にバブル期のマンションは住戸規模も87.83㎡から148.76までという面積で供給されました。都心の小さな親の土地を売却して子供世帯と同居する三世代同居のマンションです。大きすぎるマンションが最終的にどうなるのか想像するのも恐ろしいのです。売るに売れない悲しい物語が控えているのです。

そう言えば公団の土地処分がうまく行かなかった出戻り物件の土地を定期借地でマンション開発した「アルボの丘」があります。2006年1月に分譲された680戸のマンションですが、敷地の権利形態として「一般定期借地権(地上権)、借地期間残存57年2ヶ月、借地権設定登記不可、賃料改定は事前協議により決定、改定後賃料は公式による、借地権の譲渡・転貸不可」とあります。イニシャルとしては建物の費用を負担するだけですので買いやすいのですが、借地料は続きますし57年後は建物を解体して土地を返却しなければならないのです。まるでお隣、中国のマンションと同じですが、子が育っても家を継承できないなんて悲しすぎます。

2017年8月25日 (金)

「国土のグランドデザイン2050 ~対流促進型国土の形成~」多摩ニュータウンの中でたった2.8%の町田市の2050年は人口増加で色塗られている

多摩ニュータウン開発の中で町田市域は最終章でした。1990年3月に京王相模線が橋本駅まで開通し、多摩境駅が遅れて1991年4月に開業しました。まずは駅ができないことには人口も張り付かないのですが、東京都の区画整理がようやく進み駅前にマンション供給が始まります。まずは駅前広場に面して「ゼロワンシティウエスタ」が2001年5月にSRC・11階建161戸が建設されました。それから駅から少し離れて異様な様相の「グランレガーロ」が2003年1月(築15年)地上16階SRC(鉄骨鉄筋コンクリート)500戸が多摩境駅 徒歩5分という地に大規模に供給され、さらに「アパガーデンパレス多摩境」が東京都の安価な土地処分というバルクセールに乗って割安な土地を手にいれたアパ開発が2004年8月220戸の駅前マンションを供給しました。そして続いて「サンクタスグロウヒルズ」がRC・11階建118戸を2003年7月に完成させます。

そもそも多摩ニュータウン開発は地権者の区画整理により住み続ける人もいるのですが、一度は退去しての再入居ですし、新規開発はゼロからのスタートですから人口増加はすべて社会増になりますので、そのトレンドで推計する2050年は確実に人口が増えるという結論になります。現実的に新規マンションや戸建住宅には住宅ローンを抱える事ができる30代後半が集中します。だから若い街になります。とはいえ30年後、40年後を考えた時にはやはり社会の変化は訪れます。その時に町田市としてどう対応するのか、あるいは居住者たちがどのような選択をしていくのか、今からでも未来を予測することは無駄にはならないように思うのです。

この多摩ニュータウンの町田市域には他にはない特徴があります。それは2027年に開通するであろうリニア新幹線の駅、橋本駅に最も近い多摩ニュータウンエリアということになります。もちろん京王相模線でのアクセスもですが、橋本駅からは徒歩でも20分弱で到達する距離です。もちろん自動車ならば容易なアクセスですから機動性を重視するサラリーマンの居住地としては有効になると思います。特にテレワークの普及する時代にあって、ビジネス拠点の一つとして自宅を活用することは可能であり、時間を有効に使えることなど勘案すると、こうした選択もあるのだと思われます。

私も現役時代には全国を駆けずり回っていましたから、新幹線駅に近いこと、空港にもアクセスしやすいことなど多摩ニュータウンの町田市域に住むことはこれからの社会人にとって選択肢に上がってくるのだと思います。私も東京都の土地売却に利用されたことがあって、業界新聞一面が私のインタビュー記事で埋まったのですが、土地売却に繋がったのか気になる所です。私なんざでは効果なかったのではないかと・・・~

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2017年8月24日 (木)

「国土のグランドデザイン2050 ~対流促進型国土の形成~」多摩ニュータウンではどう捉えれば良いのか

30平方キロの多摩ニュータウンは1キロメッシュでは30ポイントに値しますが、大体の位置は確認できます。改めて多摩ニュータウンの位置は西側から町田市、次に八王子市、そして多摩市、稲城市の順に広がっています町田市域では市域の3%程度ですから、多摩ニュータウンが町田市に含まれることも知らない人が多いので、あまり意識されていないようですが開発が平成以降だったことから、まだまだ新しい住宅供給が進んでいたり、施設の誘致も行われているなど発展途上である地区なのです。

そして八王子市域は住宅開発は昭和51(1976)年から始まったのですが、多摩センターを起点とした鹿島地区の開発でした。それが昭和58(1983)年に南大沢地区の開発が始まり次第に拡大していきました。多摩市に次いでの開発面積の広さであり、駅前開発を優先した結果、バス便の用地が売れ残ってしまいました。現在も戸建住宅を中心に土地売却を進めていますが、そこは東京都の開発区域。あまり売り急ぐこともなく、未来の開発用地として温存しているようにも見えます。私の見立てでは首都圏震災の発生した時の被災者住宅の建設用地として残しているのかしらと思ったりするのです。その町田市域も八王子市域も2050年までは人口増加が続くことになっています。

一方、初期開発の多摩市域はすでに一部の駅前などを除いて開発が終わっていました。だから簡単には再生が進まないので人口は低迷します。ただ、長期に渡って良質なストックを残しているので中古市場は活性化しています。いわば中古在庫のない市場が形成されているのです。駅前のマンションが供給されたり大規模な建替事業が進んでいく中で世代交代もあり、安定した人口構成が続いています。特に子供の人口が10%程度を保っているのは、つねに新しい市民が流入しているという証にもなります。多摩市の市域の6割が多摩ニュータウンであること、多摩市民の7割が多摩ニュータウン居住者であることも多摩市の人口が安定している理由にもなっているのだと思います。

最後に稲城市です。多摩ニュータウンの稲城市域は市域全体の30%です。だから多摩ニュータウン開発が稲城市域に大きく貢献するものではありませんが、稲城市は全国指折りの人口増加自治体なのです。全国の市部でベスト10を続けていたこともありますので、なかなかの吸引力を地域に示していました。多摩ニュータウンでいえば「電柱のない街」として秀逸です。稲城市が電線電柱を受け入れない政策を続けているのです。稲城ブランドと言いましょうか、町並みの綺麗さには定評があります。

さて、こうした多摩ニュータウンに関連する各市の特徴を、改めて国勢調査データなどで検証してみたいと思います。乞うご期待。

 

2017年8月23日 (水)

「国土のグランドデザイン2050 ~対流促進型国土の形成~」徳島県は上勝町を知ってますか、葉っぱビジネスですごいんです

徳島県勝浦郡上勝町の人口は1,439人(2017年5月1日推計)ですが、2050年には人口が増えると国が推計しています。「うっそー」と言いたくなりますが、推計しているのは国土交通省ですからまずは信じてみようと思いました。

上勝町はいまや全国から視察が殺到している町で、高齢者が生き生きの「落ち葉ビジネス」の聖地なのです。若い人も流入していて新たな雇用も生まれつつある中で、未来は明るいとしたのかもしれません。そして結果として「人口増加」地区があるのです。調査メッシュが1平方キロというのがミソですが、2010年国調で1km四方のところに就業者の数軒の住宅地が新築されたら、その地区の人口の伸びはすごいし、高齢者はいてもそこに若い世代が転入したら一挙に若返ります。すなわち予測は人口増加になるのです。

そこで改めて上勝町の年齢別人口分布を検証しましょう。平成27(2015)年国調データでは、2050年段階の予測ではとっくに死んでしまっている65歳以上の高齢者が半数以上いるのです。それに若い人は今のところは入っていますが、落ち葉ビジネスで倍々ゲームに人口が増えるわけではありません。高齢者がいなくなると若返りはしますが人口は増えません。だから「国土のグランドデザイン2050」の推計は部分的な現象であって、上勝町全体としては嘘だという判断になります。2010年の国勢調査で2050年を予測することの必要はあるので「ようやく出たか」と敬意を払いますが、間違いのあることも確かで、特に地方の部分で勘違いが生じることを恐れます。

とはえ、上勝町の葉っぱビジネスは高齢者のビジネスマインドを大きく変えた革命的な試みとして見習いたいと思っています。特に多摩ニュータウンでは高齢化が進んでいますし、団地を管理する人たちが高齢化して未来に続くビジョンを持ち得なくなっています。建物は老朽化するし、若い世代は老人が居座るので入ってこないし、そもそもダブルインカムの若者はバス便の多摩ニュータウンの団地は敬遠気味。せいぜい最寄り駅から徒歩10分以内が絶対条件だとすれば30年以上もたった既存の団地を買う気にもならないのが普通です。

そこに居座る高齢者が自らの力で世代循環のプロセスを導入するという仕組みを取り入れれば、高齢者も元気で若い世代も入れる団地が生まれると思うのですが、多摩ニュータウンにも上勝町のビジネスモデルが欲しいのです。

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2017年8月22日 (火)

「国土のグランドデザイン2050 ~対流促進型国土の形成~」私の育った香川県は丸亀市を考えてみる

丸亀城の近くに1歳から中学2年の終わりまで過ごした鉄道官舎がありました。大手町という名称なのでもとは城下の屋敷町だったはずです。戦時中は陸軍が占拠して兵舎を建てて練兵所として使っていました。戦後、その兵舎を棟割長屋にコンバージョンして国鉄の官舎として使っていました。採光が取れない奥の部屋はトツプライトが設えられて、雨漏りのおまけまでついていました。今は官舎も含め隣接していた通産局の用地に市役所が建っています。そんな丸亀市の行末が気になります。

そこでまずは年齢別の人口グラフを観てみると、なるほど全国レベルに近い形が見えてきます。少し違うのは進学で10代後半から20代前半にくびれがあることと団塊ジュニアの凸出が少し柔らかかなというところ。そして70歳以上の高齢者の層にむくみが見られるところでしょうか。そんな地方都市の実情が解ってきます。そして転入転出の状況です。なんと転入超過で社会増が発生しています。あとは自然増と自然減ですが、圧倒的な自然減は団塊世代が終わるまで続くでしょう。つまり人口減少の原因は自然減なのです。言葉は「自然減」ときれいですが「高齢者の塊が死んでいく」ことです。

こうした死にゆく高齢者の増加に香川県では総合病院を各所に配して対応しています。もちろん介護施設も同様ですが、これらの施設の役割も団塊世代が終末を迎えるまで続き、団塊ジュニアも続くので、営業的には何とかなります。自然増についても子を持つ世代の転入で繋がりますので、総じて商業施設の展開も現状の路線型が続いていくものだと理解できます。最近では路線型の商業施設が部分的に拡大してショッピングモールも出現しているようで、車時代の新たな商業スタイルが展開しているようです。かつて、通町や富屋町など港から城下に続く商店街は再生できません。時代は変わっていきます。

こうした丸亀市の実情ですが、国の「国土のグランドデザイン2050」の地図表現に海岸部の人口増加ポイントが表れています。それは地図を作成する上で採用した2010年ベースのコーホートの勘違いと思われます。工場しか無いところに一時的な居住を目的とした宿舎が現れると、国勢調査では人口としてカウントします。そのチヨットした2010年までの5年間に仮の宿舎ができたことで推計値に過剰評価が生まれたという結果だと思われます。

徳島県に上勝町という落ち葉ビジネスで有名になった町があります。実はその上勝町の部分が人口増加ポイントになっています。それもまた2010年ベースのコーホート法による勘違いだという気もするのですが、今度は上勝町を確かめてみたくなりました。

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2017年8月21日 (月)

「国土のグランドデザイン2050 ~対流促進型国土の形成~」小豆島をさらに深掘りしてみる

丸亀市東中学校の遠足だったと思いますが、一度だけ小豆島を訪ねました。そして育ちが香川県人なので小豆島の素麺を毎年の夏の進物として友人に送っています。そんなこともあり何かと気になるので、さらに人口の深読みをしたいと思うのです。そのために国勢調査に再び視点を置きたいと思います。

確かに転入転出の動きだけを見ていると人口は減っていないのですが、平成27年の小豆島の人口は28,864人で平成22年の人口31,275人からは5年間で2,411人の減少です。毎年500人近くが減少しているという状況です。転入転出では5年間で205人が転出過多でしたので、人口減少は少ないと理解していたのですが、実はとんでもない人口減少があるのです。その原因は何でしょう。

答えは老人の死亡です。当該5年間で65歳以上に到達する高齢者が島から出ていった人も2,300人余りいなくなっているのです。つまり人口減少の殆どは高齢者の死亡あるいは転出に拠るのです。それが国勢調査の平成27年-平成22年コーホートでわかります。そもそも島には高齢者が堆積していて、その高齢者が少なくなる分、人口も減っていくというストーリーなのです。言い換えると若返っているという言い方も出来ます。島の人口が減ることを憂うのではなく、若い世代や働き盛りの人々を応援することがますます島に人が集まりやすくなるのだという結論に達します。

島の人口分布は団塊世代をピークに高齢化が進んでいます。団塊ジュニア世代はすでに転出して少なくなっていますが、いまは戻りつつあるように思います。団塊ジュニア世代が少ないので、その子供世代も少なくなっていて、大学などでの転出も大きなくびれです。また、高齢者の塊も全国のグラフと比較すると後期高齢者の層が厚くなっており、嘗ての大都会が若者を吸引した時期に取り残された親たちの塊です。そしてその高齢者が死期を迎えています。

2050年には団塊世代を含め現状の高齢者の山はなくなります。そして今後も引き続き20代後半をピークに人口が流入して来て、子育て世帯が増え続けることができれば、高齢者がいなくなるのと共に総人口は減りますが、世代交代は確実に進み小豆島は再び「二十四の瞳」の頃のような子どもたちが生き生きした島に戻ることが出来るのです。その時の人口はおそらく現状よりかなり下回っているに違いありません。ただし、世代は若返るので島は元気になるでしょう。それこそ、高齢者が残していった資産を有効に活用して豊かな地域経済を形成していることでしょう。

翻って日本全体を概観してみますと、小豆島のような人口構成が地方です。それならば地方は概ね若返っていくというストーリーが描けます。高齢者さえ死亡すれば必然的に若返ります。なんとも言えず「ところてん」状態で日本は救われるのです。となると2050年の人口減少マップではなく、地方別の若い世代分布を比較することが必要になりそうですね。

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2017年8月20日 (日)

「国土のグランドデザイン2050 ~対流促進型国土の形成~」気になったので、小豆島を考える

「小豆島に移住する人が増えている」という朝日新聞の記事(2017.8.15火)が飛び込んできました。毎年200人超が移住しているという情報に裏を取ってみたくなりました。新聞ですから現地取材を前提にしているのでしょう。役所に出向いての実態調査は怠り無いでしょう。だから新聞の見出しには嘘はないのだと思はず。だとすれば5年間ならば1000人を超える人口が転入していることになります。新聞では自治体のアンケート調査結果を紹介していて、『2013年度以降、島への「I.Jターン者」は年平均で225人に及んでいたと報告されています。さらにその6~7割が20~40代の子育て世代』ということがあり、それならば人口全体も押し上げていくのではないかという期待にかられます。もっと言えば「I.Jターン者」ではなく「Uターン者」も含めればもっと転入者が多いはずだということにもなります。

そこで平成27(2015)年国勢調査までの5年間で小豆島に転入した人の数を調べます。するとどうでしょう。男女合わせて2074人が転入しています。これは年平均で415人にもなり「I.Jターン者」の1.8倍にもなります。それも20代後半が最も多く40台までが多くを占め、さらに50代60代も転入しています。一方で転出もあります。高校、大学などでの転出も見られますし就業の都合でしょうか30代をピークに転出も見られます。総数としては2279人なので5年間で205人が転出過多です。つまり多少の人口減少があるということです。総人口に対しては0.7%程度の減少ですから殆ど減少はないという認識にも立てます。それを2010年から2050年として計算してもたかだか5,6%ですから大した人口減少ではないのです。

また、転出と転入の差をグラフ化してみますと進学などで転出はあるものの20代後半をピークに島に若者が戻って来ていますし定年後を島で過ごそうという団塊世代も増えているようです。多少ですが子供の数も増えているように思えますし、後期高齢者が転出過多になっている実情から勘案すると若返り化も進んでいるようにも思えます。国の2050年での予測ではかなりマイナスのイメージがありますが、現状のままの動きであれば、もしかしたら人口が増えるポイントも現れ、ましてや「非居住地化」や「50%以上100%未満減少」ではなく「0%以上50%未満減少」が広く分布するようになるのではないかとも思えるのです。

転入から転出を引いて残る数がプラスならば社会増。マイナスならば社会減といいます。地域間競争の時代、人々を引き入れる力で地域差が生まれます。今のところ小豆島は勝ち組にいるのです。ではどうして2050年の小豆島は人口減少の極値にいるのでしょう。それは自然増と自然減が決め手になります。

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2017年8月19日 (土)

「国土のグランドデザイン2050 ~対流促進型国土の形成~」日本はせっかくの火山国ですが、アイスランドの100分の1の地熱発電です。全国の発電量の0.3%しか賄ってないのはもったいない

トータルで言うと、約52万kWの発電規模、年間の発電電力量は2,559GWh(2015年度)の規模です(JOGMEC)。これで日本の電力需要の約0.3%といいますから、アイルランドと同様の30%を確保するためには、現在の100倍の発電所を設営すれば良いことになります。日本最大の地熱発電所が大分県の八丁原発電所で、11万2,000kWの規模ですので5200万kwの発電規模を確保するためには大分と同じ規模の発電所を460カ所作ることになります。全国の火山フロントに沿って並べていけばさしたる数ではないように思えます。例えば1基のコストがFITの初期関連情報から1.5万kW以上の発電所だと建設費が79万円/kWとされていますが、条件次第では20万円/kWというのも耳にします。コストが下がれば市場は拡大します。また日本での有望な資源量は400万kWという情報もありますので、まずはその範囲でという想定もできます。ただし、地熱発電の技術革新や市場が開拓されればさらに価格も下がり、30%を賄うためには残りの5,148万kWを建設する環境やコストも大幅に低減されると思います。

現在、北海道には1箇所しかなくまだまだ発電所建設が可能ですし本州でも開発余地はありそうです。人口が減少していく日本においては、そんな地熱発電に希望を託すことが可能だと考えます。FIT解禁に当たって国が地熱発電の普及が進まなかった理由を述べています。

・地下資源特有のハイリスクでありながら、公共料金である電力事業というローリターンの事業であるため、地熱発電所に蒸気を供給する資源開発事業者の再投資意欲が低かった。

・電気事業者にとっては、長い期間で計算すると低コストであり、安定電源であるメリットが有るものの、原発や火力に比べて小規模で分散型の電源を開発するメリットが小さかった。

・温泉事業者の団体による地熱発電に対する反対運動が起こった。

・優勢な地熱資源が埋蔵される自然公園特別地域内は調査が許可されていなかった。

・環境影響評価に4年も掛かるなど、開発に至るリードタイムが10年を超えるので、短期の成果を求める民間企業にとっては優先度が低かった。

・90年代後半に、国の電源開発の方針の変更に伴い、地熱発電を支援する予算が減少した。

・従って、21世紀に入って新規の地熱発電所建設が無かった。

改めて思うのですが、国の政策が原発にシフトした時に、地熱にシフトしていれば投資はスムーズに行ったしリスクは回避できたはず。今更ながら日本のエネルギー政策の判断ミスに悔しさを覚えるのは私だけではないはず。人口がまだまだ増えていたオイルショックの時代には地産地消よりも大規模発電が求められていました。それが原発となり今日まで続いてきたのですが、実はそれに続くニクソンショックで為替レートが自由化された途端、日本の貿易構造は変わっていきました。一挙に製造部門が海外にシフトしていきます。次第に電力使用量の伸びはゆっくりとなり、そしてバブル景気をピークに低迷していきます。日本の電力使用量のマックスを示したのです。それ移行は下降気味です。

今後、日本の人口は減少します。その中では地熱発電が主要な電力供給源となると日本のエネルギー転換は可能です。ゆっくりと着実に原発を廃止しながらでも大丈夫です。極めて日本的で安全安心で、しかもトイレのない原発と違って後処理は殆どないのです。安心安全なエネルギー源に再チャレンジしたいと思うのです。

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2017年8月18日 (金)

「国土のグランドデザイン2050 ~対流促進型国土の形成~」一人あたりのGDP7位のアイスランドは水力発電が70%、火山国で地熱発電が30%を賄う国、地熱利用も盛ん

国の豊かさが再生可能エネルギー事情だと知ると、日本も地熱利用をもっと推進して島国の利点を拡大したいと思うようになります。海に囲まれていますから潮の満干を利用した発電が可能です。渦潮が毎日見られる鳴門海峡ばかりではありません。関門海峡や津軽海峡と日本各地に潮位の変化を活用した発電設備が可能な場所があります。また波があります。朝夕の海風、陸風があります。海水温度の差による発電方法があります。もちろん太陽光や太陽熱があります。日本は急峻な地形です。小さな川でも発電が可能です。地産地消のエネルギー循環が理想なのです。

日本はこれまで大きいエネルギーを求めてきました。工業国としての産業振興には大量のエネルギーが必要で、その為には原発推進が日本を支えるのだという考え方が国の基本路線として席巻していました。その結果、原発先進国になってしまい、地域でエネルギー循環する仕組みを忘れてしまっています。日本はすでに工業国としては一線を外れました。自動車産業にしても国内で製造するよりも消費地に近い場所で生産することが理にかなっていることがわかり、次第に製造工場が海外に建設されています。従って日本国内での生産は国内消費に限られて行く方向になります。

こうした物の循環にも地産地消が拡大していく中で、エネルギーも同様でなければなりません。やはり電気消費地の近くで発電することが合理的であることがわかります。私の地元でも同様です。多摩ニュータウン地域でのエネルギー循環は基本でしょう。生活都市としての多摩ニュータウンは住宅の電気、ガス、水道というエネルギー供給施設と下水道、ごみ処理という廃棄物処理施設系にエネルギー循環が整理できますが、その体系的な地産地消のエネルギー循環システムとしての改善策が望まれるのです。

やはり多摩ニュータウンでのエネルギー生産は太陽光発電でしょう。そして太陽熱利用ということになります。給湯設備となると各住戸での完結型のエネルギー利用になり戸建住宅には向いていますが集合住宅系では不向きです。やはり太陽光発電が有利です。まずは自己使用に向けた環境づくりが必要になります。そして外部からのエネルギーゼロを目指すのです。

2017年8月17日 (木)

「国土のグランドデザイン2050 ~対流促進型国土の形成~」国の豊かさを一人あたりのGDPで比較すると日本は22位、希望は9位のデンマークに見習いたい

「日本も豊かになりたい」という希望は豊かな国を旅するごとに沸々と湧いてきます。昨年はノルウェーに行ったのですが、在ノルウェー日本国大使館で紹介されている2012年のエネルギー事情のポイントを観ると以下のようです。

1.ノルウェーはエネルギーの輸出国。国内エネルギー需要の6~7倍相当分を輸出。

2.ノルウェーは,世界第2位の天然ガス輸出国,世界第7位の石油輸出国。石油・天然ガス生産は,推定可採埋蔵量(約131億石油換算立方メートル)のうち既に約44%を生産済み。生産は,2020年頃から今世紀半ばに向け減少の見込み。

3.ノルウェーは世界第6位の水力発電国。発電可能な水資源の約60%を開発済み。電力生産量の約95%は水力発電。

4.水力発電以外の再生可能エネルギー生産は限定的であるが、風力の開発を推進,助成

とても日本では真似のできる事業ではありません。そもそも資源国のノルウェーですから日本とは比較にならないのですが、日本にも出来ることはあります。それは火山国であることを利用する発電事業です。地熱発電の可能性ですが、至る所でその事業化が可能です。日本の火力発電技術は本場のアイスランドでもアフリカなどの発展途上国で活用されていますが、日本国内では国立公園法や温泉源の保護の話などから進みません。唯一、わかりやすいのは八丈島の地熱発電で、東電の発電事業から市民発電所に移行する段階に来ています。

発電事業は地域産業です。地熱発電が電力コストを低下させることで生産原価を下げます。ノルウェーでは電気自動車の電気は無料です。環境に配慮した電気自動車を普及させるためにフェリーや施設利用に対して無料というインセンティブを与えて普及させています。無料のエネルギーを得ることで生活コストは下がりますが、生活のクオリティは上がります。再生可能エネルギーの開発がエネルギーコストをドラスティックに軽減させ、生活コストの低減に寄与し、しかも自然環境の改善に結びつく施策が展開されています。排気ガスがゼロならば大気汚染もありません。健康が保たれれば医療費も少なくなり、健康長寿が実現するのです。こうした循環経済は再生可能エネルギーの普及から生まれるのだと改めて気付かされます。

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2017年8月16日 (水)

『国土のグランドデザイン2050』改めて東京都の未来を探る

東京都は歪な塊です。首都圏の広がりを見たあとで東京都だけを抜き出すと、どこか違和感を感じてしまいます。そもそも東京都は埼玉県とくっついて武蔵の国を構成していたし、神奈川県との関係も境界線を巡って一悶着があり、結局東西にながぽそい自治区が作られたのです。水は埼玉県を源流とする荒川から、もらい水だし町田市になると町田市の鶴見川源流を元にする鶴見川水系に広がりますが、神奈川県との境の境川が形成する河川低地に広がっているので、市街地としては神奈川県と連続しているのです。

都市の未来を東京都のみで語るのは無理があることは首都圏の未来予測を観ると顕著なのですが、どこかで「東京都」というブランドに引き寄せられるのか、かつては「品川ナンバー」にあこがれたカーマニアの気持ちと同様な「東京ブランド」があるのかもしれません。多摩ニュータウンに住んでいても「都内」という安心感があるのかもしれませんが、『国土のグランドデザイン2050』の結果を鵜呑みにするとさらに増長ししまうのかもしれません。「東京だから安心」だと。

長い東京都の中でもやはり奥多摩町や檜原村では「非居住地化」や「50%以上100%未満減少」地域が広がります。それは首都圏域という市街地の形成から当然な減少でもありますし、広域的に観ると自然なことです。市街地の広がりに東京だからという理由はありません。首都圏の中心はやはり都心部の人口集中でしょう。他の地域では見られない集中具合です。「高層」「高密度」「高容積」「高規格」なまちづくりが進んでいます。むしろニューヨークより近代的でモダンです。そんな東京ルネッサンスが進んでいるのです。

たまに多摩から都心に出かけますと、その姿に唖然とします。ニューヨークに行ってもパリに行っても感じない変貌が東京にはあります。千代田区や港区、中央区などの町並みばかりではなく、渋谷でも池袋でも大崎、品川あたりもそうです。先達手は田町に行きました。古い建物と新しい建物の協奏曲です。日本経済がこれほどまで沈滞しているというのに東京という大都市は間違いなく更新され逞しくなっています。都市基盤が整い、安心安全な都市づくりが着実に進んでいることを実感します。そういう意味では東京は日本一の都市なのだと思うのです。

やはり東京都は「東京都心」で持っているようなものなのですね。

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2017年8月15日 (火)

『国土のグランドデザイン2050』首都圏で観るとどこが増えているのでしょう

「大雨が降れば道全体が濡れますが、雨が止めば水たまりができて、水たまりと乾いた地面に別れます」それが都市の姿なのだという説明をよく聴きますし私もします。でもそれがどこかを特定して説明してみても聞き手には客観的な情報として伝わらず、発言者

の勝手な思い込みとして処理されてしまうものです。特に私の場合には多摩ニュータウンを焦点に挙げますので、「勝手な思い込み」として処理されるようです。それが客観的に「水たまり」を特定して観たのが「国土のグランドデザイン2050」の地図なのです。

http://www.mlit.go.jp/common/001046872.pdf

改めて観てみますと2010年と2050年の総人口の増減状況の比較ですが、総人口2010年に128,057千人が2050年には97,076千人になります。この時の人口の増加率がマイナス24%ですが、中でも100%減少(非居住地化)する地区が19%、50%以上減少する地区が44%、0%以上50%未満減少する地区が35%、そしてからくも増加する地区が2%という結果です。それを地図上で落とし込んだのが当該地図なのです。地区のポイントとしたのは2010年の居住メッシュ(1k㎡毎・約18万地点)に対する人口増減に対する割合です。その人口増減率(2010-2050年)別の地点数割合(1km2毎の地点)で表しています。

これによりますと、関東の北の方ではつくばあたりが人口集中しています。そして都心部、特に湾岸を拠点に23区内でも千代田区、中央区、港区といった本当の都心部エリアです。そして南では川崎市と横浜市にまたがる東横線東急田園都市線沿線です。さらに多摩ニュータウンの稲城市と八王子市町田市域が目立ちます。その他、拠点都市の中に人口増加ポイントが観られますが、大きく広がりを持つ人口集中ポイントは無いようです。

全体的に縮小気味であることは確かで、【非居住地化】も広がり【50%以上100%未満減少】地区も拡大しているのがわかります。なにしろ増加する地区が2%という状況の中では殆どが人口減少であることは事実として受け止めなければならないところです。中でも多摩ニュータウンを考える場合には、開発余地のある稲城市、八王子市、町田市域は人口が増えるのですが、すでに開発が終わった多摩市では、建替えや駅前の高密度化に期待は持てるものの、総じて人口増加を約束するものではなく、多摩ニュータウンを地域として捉えた持続可能な安定社会を形成する地域として、今後も定常社会を形成していくものだと思っています。

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2017年8月14日 (月)

『国土のグランドデザイン2050』あんなに広い北海道で人口の「増加」ポイントが殆ど無い。「非居地化」が急速に進むと野生動物が復活する。

北海道が開拓前の野生に戻っていくという感があります。北海道はもともと居住地の少なかった地域がさらに「非居住地化」が進み、さらに広大な「50%以上100%未満減少」地域が広がります。人口「増加」ポイントも限られていて、ふたたび広大な原野が自然の中に広がりそうです。恐らく開拓された農地はさらに統合された農業経営の統合が進み、一人あたりの農業生産量は増して行くような合理的な経営スタイルには進むと思われますが、そこに居住する農家や酪農家は広大な大地を大規模営農する農業法人として営農スタイルを変容させるでしょう。

また、旭川や札幌などの核都市の人口も減ってはきますが、限られた市街地に人が集まるようになりコンパクトな都市形成が始まります。交通利便性の高いニュータウンなど都市基盤の整った市街地に人が集まり、旧市街地でも人々が分散する地区は衰退が進みます。都市の更新と縮退とが同時に進むことになります。基本的に人の数が少なくなると商圏の範囲が狭まります。特に高齢化という流れの中で商圏から遠のく市街地は見捨てられます。札幌や旭川と言った都市も同様です。今後の道内での人口移動についても鉄道よりも空港が貴重な交通手段になりそうです。もちろん自動車利用は日常生活のベースですが、長距離移動は点と点を結ぶ少量ネットワークのコミューター交通が主流となるでしょう。

あとは観光です。北海道観光は恐らく農業と並ぶ北海道の二大産業となるでしょう。リゾートというのもありますが、むしろ大自然を相手にした観光で、大自然の懐に入っていく冒険体験型の生態系を受け止める共生型の観光になるでしょう。また、自然環境を活用した再生可能エネルギーの開発も各所に展開できます。特に小水力発電は農業用水と一体化した電力を確保して地産地消で原発のない北海道を作り出すことも可能です。人が住まない地が広がることで基盤整備もコンパクトにしなければなりません。その為にも地産地消のエネルギー供給は重要な事業になるのです。

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2017年8月13日 (日)

『国土のグランドデザイン2050』私の故郷、香川県を考える

「下り坂をそろろと下る」平田オリザ(講談社現代新書)を読んでいると小豆島が若者に人気で人口が増えているという錯覚に陥っていたのですが、長期に観るとやはり島嶼部の人口減は避けられないようです。さらに香川県全体で人口が増加しているポイント四カ所を観てみましょう。いずれも海岸縁で、埋立地のようです。調査単位が1㌔m四方ですので、ややアバウトですが、多度津町、丸亀市、宇多津町、高松市の海岸部にあります。いずれも工業団地か海運施設などで住宅地ではありません。どのような条件で選定したのか、にわかにはわかりませんが、将来の土地利用として工場から居住への移行が行われるとしたのか調査方法が詳しく示されていないので確認できません。まあ、なんとなく海岸部が増えるという判断なのでしょうか。

ちなみに私の実家は多度津町の人口増加地区の近くです。埋立地の中に造成された戸建て住宅団地で、釣り竿を担いで1分で漁港の堤防で釣り竿を垂らすことができる距離です。今は当初の入居者の高齢化が過ぎて若返りをしているのかもしれません。実家には私の姪家族が住んでいますので、総じて若返っています。近くの家々も同じような状況でしょう。そういう意味では高齢化の問題は過ぎたのかもしれません。だとすれば後は街が衰退しない限り若返るしか無いのです。

香川県でも丘陵部に入ると「非居住地化」が増えています。「50%以上100%未満減少」も多くなります。それに引き換え平野部は「0%以上50%未満減少」が殆どです。讃岐平野は水田が多く農地が全体を占めます。幹線道路沿いには商店が張り付き、農道にたむろして住宅や工場などが散在する土地利用です。海岸部は戦後の埋め立てで大規模工業団地が生まれました。遠浅の海岸はことごとく埋め立てられ、多くの魚の産卵場所だったアマモの原は消滅しました。今はそこに人が集まっているのです。埋立地以外は金毘羅や善通寺のような門前町、坂出、丸亀は港町、丸亀と高松は城下町でしたが、その他の平野部は農地でした。

四国山脈と讃岐山脈で雨を止めているので雨量の少ない地方になりました。弘法大師が大規模土木工事を主導して建造した満濃の池は今も讃岐の農地を潤しているし、溜池の多い讃岐平野を農地が覆っていました。その間に農家が散在し、時代に合わせて工場や住宅地が散らばっていきました。今の讃岐平野は農地がベースの上に多様な施設が分散的に広がっているといった土地利用を見せています。なんだかまとまりのないのが特徴のようです。世帯数の将来推計を見てもピーク時より1割程度の落ちで、他の地域と比べればまだまだマシな方。山間部や丘陵部に広がる「非居住地化」地区の住宅は解体が必要ですが殆どの平野部は温存するのではないかと思えるのです。

私の関わった県営住宅国分寺団地には旧来のスターハウスが未だに建っていて、まずは、この用地こそ解体して農業公園にしてはどうかと提案したくなります。土地利用の未来像を公共が主導する必要がありますね。

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2017年8月12日 (土)

『国土のグランドデザイン2050』原発のない県、沖縄を考える

世の中が人口減少で悩んでいるのですが、沖縄だけは別世界です。全体がコンパクトに成るという街の作り方がうまくいきそうに見えます。世帯数もずっと増え続けていきますから、空き家に悩むこともないし程々に家も更新していけば新しい住宅も市場が整い、時代に合わせた住宅も供給されると思います。つまり住宅産業は継続して営業できますから地場産業としての建設業から若者が排除されることもないでしょう。

沖縄の人口増加密度を概観すると東京首都圏よりも広い範囲に人口増加が見られるようです。それも集中して連続しています。それだけ沖縄には人が流れ込むのだと思います。香川県と比較すると極点に違うことがわかると思います。人口増加が明確に見えるのは沖縄だけなんです。沖縄では島嶼部にも人口増加があります。その原因が何かをみんなで、いや国民が一緒になって考えていかなければなりません。沖縄の人口増加は尋常ではありません。必然的に人口増加しているのですが、これまでのトレンドの行末に将来の人口があります。東京都心への各県からの流入を説明した時に沖縄県だけが東京都心からの流出が多かったことを示しました。

私たちは今、沖縄の人口増加を改めて考える時に来ています。「なぜ沖縄は人口が集まるのか」「なぜ世帯数が減らないのか」「なぜ本土からの移住が続くのか」という疑問を説かなければなりません。「沖縄はなぜ」という疑問が彷彿とするのです。もしかしたら「日本人に日本本土が嫌われている」のかもしれません。「日本より沖縄が好き」という思いは確かにあると思います。「日本よりハワイが好き」という概念と同様です。私はハワイを知りませんが、聴くところに依ると過ごしやすくて夏でも暑くないと聴きます。沖縄も同じようなことを耳にします。「真夏でも30度を超えるのは稀です。」と。そんな時、何を信用して良いのかがわからなくなります。

私は一度沖縄を訪れました。6月くらいだったように思いますが、南の戦没者慰霊堂やガマの様子を見てきました。北半分では沖縄の米軍基地をその目で見て、埋め立て予定の海岸線で「そうかここが埋め立てられるのかと」感慨深く見てきました。私にとって日本が戦争に加担しないことや平和を守ることは原則だと思っていますし、日本が原水爆禁止条約に調印しない行為には呆れて何も言えない心境です。原発などの推進そのものもとんでもない判断だし、日本国民の総意を無視した結論だと認識しています。

でもそれが日本なんです。そんな中で沖縄だけが日本を守ってくれる新天地なのだと、明治以降の確執を棚上げして希望の沖縄を期待してしまうのです。本質的に日本人のわがままだと思っても仕方ないのですが、東京を本籍とする私は改めて思うのです。沖縄人に感謝。

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2017年8月11日 (金)

『国土のグランドデザイン2050』滅びゆく嘗ての都市、群馬県桐生市を考える

ずっと前から人口減少社会を予測していたのだけど世帯数だけは増えていました。その桐生市の2050年は「非居住地化」の地区が多く生まれます。人口が「50%以上100%未満減少」地区も広く分布しています。「0%以上50%未満減少」する地区が市街地の殆どを占めて人口増加する地区はありません。それが桐生市の未来です。

私は桐生市の公営住宅について長期に関わってきました。市内には市営住宅が2631戸あります。そしてその空き家が526戸という状況で、随時募集の住戸が47戸あります。その他に県営住宅が948戸あり、同様に随時募集をしています。家賃は応能応益家賃ですから部屋の広さや入居世帯の収入に因って家賃は変わりますが、公営住宅ですから安価です。そして民間賃貸住宅には入りにくい単身高齢者の救済施策にもなっています。それらを合わせれば桐生市には合計3579戸の公営住宅があり、総戸数46,034世帯の5.6%に当たります。その他にも公的賃貸住宅がありますが、全国的に観ても充実した整備状況です。

現在、人口は減少していますが世帯数はほぼ安定しています。今後は世帯数も減りますから住宅は余ります。同時期にSUUMOで検索すると883戸の賃貸募集があります。中古でしたら500万円で一戸建てが買えますので住宅に困ることは無いでしょう。最も安い一戸建てには200万円の値がついていました。70㎡の平屋で157㎡の土地がついています。リノベして住む気があれば格安物件です。

都市の賃貸マンションで住むくらいなら、こうした地方の一戸建てに移って、畑を耕しながら生きるのも楽しいと思うのですが田舎暮らしが似合う人はそういないのかもしれません。ただ、私にとっての桐生市は町並みが好きですし、愛すべき街だと思っています。伝統があり歴史的な建物も市街地には残されていて魅力があります。その中で地元の若者が新しい暮らしを模索していますし、個性的な暮らしが営めれば幸せだと思うのです。

桐生市には大型の市立病院があります。最後にはそこで看取られるかもしれませんが、医療は一流です。何も1人だけで長生きする必要はないので、こうした環境さえ地方に備わっていればいいのだと思います。幸い、日本にはこうした公的な総合病院が充実しています。そこでの医療が受けられれば安心して最後を迎えられるというものです。

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2017年8月10日 (木)

『国土のグランドデザイン2050』土地の地目に着目する

「非居住地化」の地区が生まれます。いわゆる寒村部、限界集落などがそれに当たります。それはそれで別荘などの利用は残るでしょう。リゾートもあるかもしれません。非生産的な地区ですが、自然のちからに駆逐される地区でもあります。オイルショックやバブル経済の時代に一時的に全国で農地が放置された時代がありました。こうした放置された農地は木々で覆われていきました。特に養蚕が盛んだった地域の農地は桑畑がそのままにされ、荒れ地となっていました。そんな農地を復活させようという動きもありましたが、残念ながら自然の力には勝てません。いつの間にか雑種地として営農されなくなりました。

農地として維持するのも大変です。田や畑は常に維持管理していないと使えなくなります。だから畑などでは無償でもいいから耕してほしいなどとの要望もあると聴きます。こうした畑が最近では都会から来た若者に借りられるケースも増えていると聴きます。私の小屋がある山梨県北杜市ではこうした畑が多く見られました。中には水田用に耕地整理された農地が放置状態になっているケースも有り、なんとももったいないと思って、地元の不動産屋と組んで農地を囲んだコミュニティ作りを企画したこともありました。

現在、宅地の土地が評価を下げる時には宅地以外の地目に変更する必要がありますが、一般的には雑種地と区分されるのかもしれません。ただ、一旦宅地に指定されたものを簡単に課税評価がすくないものにするのは行政側も嫌がります。そこで積極的に用途変更を促すために現在ある市街化区域と市街化調整区域について、土地利用に制限を就けることを目的とした(仮称)ですが「市街化抑制区域」を提案してみたい。都市が拡大する時代には、むやみに市街地が拡大しないように制限を加えたのですが、都市が縮退している時代にあっては縮み方のルールが必要になるということです。

地価の評価は基本的に路線価で評価されますが、一般的には山林や原野は価格が低く評価されます。だから宅地開発に主眼をおいた場合には、土地を安価に手に入れて宅地造成という付加価値をつけて高く売るのが手法でした。逆に宅地造成して付加価値を上げてしまった宅地を「山林」や「原野」などと言うわけにも行かないし、ちゃんとした接道もあるので課税評価も安くならないのです。そこでウルトラCを使うのです。(仮称)「みなし農地」です。そこには土地から生産する耕作物があることを前提とします。つまり「生産緑地」の現代版なのです。

地目

概要

農耕地で用水を利用して耕作する土地

農耕地で用水を利用しないで耕作する土地

宅地

建物の敷地及びその維持若しくは効用を果たすために必要な土地

山林

耕作の方法によらないで竹木の生育する土地

牧場

家畜を放牧する土地

塩田

海水を引き入れて塩を採取する土地

鉱泉地

鉱泉(温泉を含む。)の湧出口及びその維持に必要な土地

池沼

かんがい用水でない水の貯留地

学校

用地

校舎、附属施設の敷地および運動場をいう。

原野

耕作の方法によらないで雑草、かん木類の生育する土地

墓地

人の遺体又は遺骨を埋葬する土地。

境内地

境内に属する土地であって、宗教法人法(昭和26年法律第126号)第3条第2号及び第3号に掲げる土地 (宗教法人の所有に属しないものを含む。)

鉄道

用地

鉄道の駅舎、附属施設及び路線の敷地

運河

用地

運河法(大正2年法律第16号)第12条第1項第1号又は第2号に掲げる土地

水道

用地

専ら給水の目的で敷設する水道の水源地、貯水池、ろ水場又は水道線路に要する土地

用悪

水路

かんがい用又は悪水はいせつ用の水路

ため池

耕地かんがい用の用水貯留地

防水のために築造した堤防

井溝

田畝又は村落の間にある通水路

保安林

森林法(昭和26年法律第249号)に基づき農林水産大臣が保安林として指定した土地

公衆用

道路

一般交通の用に供する道路(道路法(昭和27年法律第180号)による道路であるかどうかを問わない。)

公園

公衆の遊楽のために供する土地

雑種地

上記のいずれにも該当しない土地

2017年8月 9日 (水)

『国土のグランドデザイン2050』地方と都会の役割を考える――法律をさかさまにする

2050年には人口が「50%以上100%未満減少」地域が広がります。そこは農業や林業に適した土地です。そうそう従来は農地や山林だったものが市街地に変貌していった土地なのです。いわば農業や林業に敵地でもあるのですから、宅地から農地や山林に戻していきましょう。地方自治体は「宅地が亡くなると課税額が減衰する」などと悩んではいけません。空き家で負債が増える土地を抱えるより、農業生産で課税を確保したり無駄な基盤整備を省略するほうが余程健全です。空き家を積極的な農地替えを行った地権者には「農地並み課税」を施します。もちろん宅地としての売買は禁止です。宅地から農地への転換ですが、土地面積が少ないので、もっぱらクラインガルテンや隣戸の庭のような利用に限定します。

右肩上がりの開発時では都市内緑地として生産緑地が有効でした。営農希望者が農地のまま30年間宅地並課税を免れることが出来るのです。いまこの生産緑地の期限が来て宅地化することが恐れられています。当然、生産緑地法の改正でさらに期間を伸ばすことを選択できるようにしましょう。さらに宅地についての見直しが必要になります。建物が解体されて平地になった土地が農地、あるいは家庭菜園などの耕作地になった場合には、農家でなくても農地並課税を適応するのです。いわゆる「みなし農地」です。

「みなし農地」は建物が解体され農地として使える状態になっていなければなりません。とはいえ宅地として使っていたので表土も育っていないし、整地してもなにしろ農地としては小さい土地ですので最低限は地面中の建設残材は回収して家庭菜園などに使えるようにすることを前提にします。これにより「農地並課税」が適用され宅地としての売買はできなくなります。つまりその土地を買っても家が建たないということです。

こうした「農地並課税」の施策を施しても、多くの空き家所有者は何とか建物付きで売りたいと思うのが本音ですが売れません。建物が建っていれば何とか課税が減免されるという特典が受けられたのですが、もう一つ「人が住んでいなければ課税緩和は受けられない」ことにするのです。そうすると家主は何とか貸そうとします。家賃はただでもいいから住んでほしいという建物が世間に溢れます。そうなると公営住宅制度も不要になり、積極的に公営住宅そのものを整理することができるようになるのです。つまり公的な扶助費も減額できるということです。

右肩上がりの時代から右肩下がりの時代への大変換です。「風が吹けば桶屋が儲かる」式の面白い施策がいっぱい出てきそうです。楽しみになってきました。

2017年8月 8日 (火)

『国土のグランドデザイン2050』ポジティブに日本を考える

社人研の将来人口推計が2065年を目標として推計されています。それが『日本の将来推計人口(平成29年推計)』になります。『平成27年国勢調査の確定数が公表されたことを受けて、これを出発点とする新たな全国人口推計(日本の将来推計人口)を行い、 平成29(2017)年4月10日にその結果を公表』とあり、発表されて間もなくのデータですが下記のホームページにアクセスしてみてください。

http://www.ipss.go.jp/pp-zenkoku/j/zenkoku2017/pp_zenkoku2017.asp

推計の方法としては『平成27(2015)年までの実績値をもとにして、平成77(2065)年までの人口について推計』しています。基本は50年後の姿です。ポイントは合計特殊出生率のアップと平均寿命の伸長です。長生きは医療技術の恩恵が高いのですが、出生率は社会体制の問題です。政策次第では「産めよ増やせよ」は可能です。人口推計をする側は、むやみな設定はできないのですが、政治的な配慮や経済的な支援、社会福祉的な対応が整えば出産の度合いは増してきます。

たとえば世界の合計特殊出生率が事例になります。

■「合計特殊出生率」の多い国 Top10

第1位 パキスタン……3.79人

第2位 エジプト……3.42人

第3位 イスラエル……3.00人

第4位 ベネズエラ……2.47人

第5位 マレーシア……2.17人

第6位 アメリカ……2.08人

第7位 ニュージーランド……2.05人

第7位 トルコ……2.05人

第7位 アイルランド……2.05人

第10位 フランス……1.99人

意外と高い値が設定できます。日本ではなんとか1.8あたりで手打ちをしているようにも思えますが、思い切って大盤振る舞いの社会福祉施策を講じても良いのではないでしょうか。最低でもアメリカを抜いて2.1以上は行きたいものです。これで漸く人口の再生産が可能になり人口減少が抑えられるのです。それを日本は本気で考える必要があります。大都市では働き蜂の共働きなので子供は一人か二人とするならば地方ではゆったり家族の4人は最低確保しましょう。住まいもこれから安くなり広くなります。十分子育てをする環境も整います。それに地方での生活はリーズナブルで、これからの日本、均一である必要はまったくないのです。

2017年8月 7日 (月)

『国土のグランドデザイン2050』国土計画から見えてくる未来は明るい

『少子高齢化で人口減少社会に突入した日本では経験したこともない社会環境の変化で高齢化が進み、地方と言えず都会も人口減少に陥る』というフレーズは耳にタコが出来るほど聞き飽きてきた。だからみんなが異口同音に言い募るものだから、全ての地域が人口減少するんだという思い込みに走ります。私の住む多摩ニュータウンについても識者と言われる人たちが「人口減少」を連呼するものだから為政者も高齢化と人口減少の危機をさも絶対のように公言しているのです。

今回の『国土のグランドデザイン2050』に関する付属資料で、【首都圏】2050年の人口増減状況(2010年との比較)を公開したことはこれまでの誤解を解消するには大きな情報になります。特に多摩ニュータウン地域では八王子市域、町田市域、稲城市域が何れも人口増加の「赤色」で塗られており、発展の余地のある地域であることが明確になったのです。

このように2050年には人口増加する地域は全国の都市部に集中しているのです。人口減少が激しい青森県にも一部に人口増加ポイントがあるし、島根県だって松江市の一部などに人口増加ポイントがあるのです。つまり人口減少は一律ではなく人口増加ポイントと減少ポイントが総人口を分け合いながら持続することになるのです。

私たちは多摩ニュータウンに住んでいます。国のグランドデザインの様子から推測すると、多摩ニュータウンの八王子市域と町田市域、それに稲城市域には未利用地があります。それが今後市街化して居住者が増えるということを想定しています。これは開発に拠る転入人口を想定しています。これらに挿まれている多摩市の場合には開発余地は殆どないのですが、新規開発に引き込まれる人口増加に連動するように住み替えなどが盛んに行われ、世代交代の動きが進むでしょう。

こうした人口増加の動きが今後も30年以上続くとなると、50年以上経った団地の建替話も再燃すると思われます。今の状態では現実的ではないことも時代の機運が高まればその可能性も高まります。これまで2013年には諏訪2丁目住宅の建替が成功して、現在、八王子市域での建替が進んでいます。これも終わるころにはオリンピック景気も納まります。そうなると多摩ニュータウンでの新規建設も建設物価の下落とともに表れても不思議ではありません。

http://www.mlit.go.jp/common/001046891.pdf

http://www.mlit.go.jp/common/001046872.pdf

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2017年8月 6日 (日)

『国勢調査推移集計』最初の国勢調査と平成27年の国勢調査を比較すると時代の変化が一目瞭然-最近のコーホートで未来を予測してみる

高齢化が進んでいるので高齢者の減衰は当然として、気になるところは若い人の留学などの動きです。国内でもそうですが、地元志向というか大学進学も都会志向ではない学生が増えている感があります。親元から通える範囲で大学を選ぶ傾向があり、大学周辺ではアパート需要が激減して経営者が頭を抱えているという話をよく聴きます。同様に留学もそうです。海外ではなく国内でと考える人が増えているようです。

日本が国際的なポジションを高める上では海外への留学生は多く排出したほうが良いと思うし、企業からも海外研修などを増やすことを奨励したいのですが、どうも現実は内向きな機運が漂っているように思います。今もこれからも日本は安定した経済状態が続いていくと認識しているのでしょうか。ある程度は世界に能動的な動きを国民が持っていないと井の中の蛙になってしまうのではないかという懸念もあります。「定常経済」という状態が今もこれからも続いていくという想定に立っていますが、高齢化社会という中でこれまでのストックを大切に活用していくという「ストック重視」「循環型社会」「持続可能性」などのキーワードが社会構造を作りますが未来に渡って続くわけではありません。

私も今後の日本は内向きになっていくと思っています。一方で自動車産業など骨格となる産業は育てつつ、国民生活はストック重視の循環型社会の中で、地域経済の循環、エネルギーの循環、世代の循環などの循環社会を形成していくことになると思います。特に高齢化の社会体制の中で、高齢者のストックである物的資産や金融資産などを有効に社会還元させ、循環型社会を形成し持続可能な社会システムの構築に進めなければなりません。もうダイナミックな資本投資や国民がこぞって新たな技術革新に取り組む時代ではなくなりました。こうした動きは人口の増えているアメリカや投資が命の中国などに移行するでしょう。

私達日本人は、これまで造り上げたストックを有効に活用した生活になっていきます。ビジネスも観光産業が伸びるというのはまさにストックがあるからで、新たな観光地を生み出すものではありません。欧州がそうですが、観光ビジネスは盛んです。日本にも伝統の歴史がありますので観光資源を有効に活用して行く時代になるのです。日本のこれからは幸いに人口減少が続きます。満潮時代に蓄えた財産を有効に活用して引き潮時代の産業として活用する時代に入ったのです。

とは思うのですが、どこかで一抹の不安が拭えません。資産を使い切った時、どうするのか。現在も豊かさを示す北欧の国々を考えますと、そこには製造業を中心とした基幹産業が根付いています。その産業を大切にしつつ、国民がストックを活用してバランスの取れた社会を構築するという国土計画が採られています。日本にとって、それが自動車なんだろうか、ロボットなんだろうか。基幹産業の大切さを感じます。

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2017年8月 5日 (土)

『国勢調査推移集計』最初の国勢調査と平成27年の国勢調査を比較すると時代の変化が一目瞭然-戦後の急激な出産ラッシュとその後の産児制限が日本の人口構造をだめにした

我が家もそうですが、満州から引き上げてくると住むところがありません。父親の実家は東京ですが焼野原です。戦後すぐは東京には入れなくなっていました。しかたなく母親の実家の高松に居を求めました。高松も空襲にあっていましたが幸い母の実家は焼けなくて済んでいました。母の実家には戦火を逃れた姉妹が寄り添っていました。やがて松山の鉄道病院に就職が決まった父親のもとで小さな住まい、4畳半の一間で共同の流し場やトイレのある官舎が与えられ、住み移りました。当時の生活は想像しにくいのですが、子を抱いた母の写真などがありますのでなんとか想像してみます。その子が私です。

食糧不足はあるとしても産児制限もしないので団塊世代は生まれてしまいました。食料は配給でしたが、戦争のない社会に入り、とにかく多くの子供が生まれました。戦後の混乱に乗じた売春や強姦などの社会不安から女性を守るという建て前で「母体保護法」が提案され「優生保護法」として法律化されました。不妊手術や人口妊娠中絶などが推薦されることになり、一挙に出生率が減っていきます。

中国の「一人っ子政策」とまでは行かないのですが、子供の数に制限がかかったことは事実で、四人姉弟が当たり前だったのが二人になり急速に子供が少なくなっていったのです。だから必然的に団塊世代は聳えるような山になり、その子の団塊ジュニアも頂上を見せてフタコブラクダの人口構造を今に残しているのです。

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いま、フタコブラクダの二つの頂点は同じ高さで並びました。団塊世代が消えつつあるからです。そして25年後は団塊ジュニアも高齢者の仲間入りをしますのでそのときはヒトコブラクダです。それが次第になだらかな山になっていくでしょう。将来ともこのままの出生率で行くと先細りのピラミッドになりますが、人間(日本人)は馬鹿ではありません。ある程度の段階で住みやすい日本の未来が見えてきた時には子供の数は増えるはずです。いわゆる定常型社会になり、満潮時に蓄積された資産を有効に活用した安定した経済循環の社会構造が出来上がると思っています。

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【平成27(2015)年-平成22(2010)年】の日本人のコーホートです。若いうちは海外にも出ますが、後は日本に定住してちゃんと死んでいくのです。最近の新書で「未来の年表」河合雅司(講談社現代新書)がありますが「2039年火葬場が不足」になるそうです。実際はもう始まっています。近所の火葬場では一週間待ちは当たり前、すでに死体安置所ビジネスが「遺体ホテル」として登場しています。

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2017年8月 4日 (金)

『国勢調査推移集計』最初の国勢調査と平成27年の国勢調査を比較すると時代の変化が一目瞭然-オイルショックやバブル経済がもたらす日本人の移動

経済が日本人の移動を誘発するなどは殆どないと思っているのですが、狂乱物価の伴った二度のオイルショック。昭和48(1973)年(第1次)と昭和54(1979)年(第2次)が日本の国民の動きに何をもたらしたのか。あるいは昭和61(1986)年12月から平成3(1991)年2月までの51か月間のバブル経済が国民に移動を誘発したのかなど、ダイナミックな経済変動に対して国民がどう反応したのかという解は人口動向調査に出てくるのだろうか。そんな疑問に対して国勢調査のデータに基づいて解明してみようというのが今日のコラムです。

まずはオイルショックですが、その直前の1971年にニクソン米大統領が電撃的に発表したドルと金との固定比率での交換の停止です。今までは1ドルが360円という固定相場が日本の輸出業を支えていたのですが、一挙に円が高くなり世界経済は混乱します。円高ですから、輸出でドルを稼いでいた企業からの留学生や海外派遣組は経費が続かないので国内へ戻ってきました。海外への留学の勢いも縮小傾向になり、じっと我慢の日々を暮らすことになります。

それに追い打ちを掛けるように原油の供給逼迫と原油価格の高騰です。今思うと「思い込みの騒乱」でもあるのですが、オイルマネーが世界を懐柔していた時代の象徴的な出来事でした。これが日本の原子力発電に本格的な舵を切らせたきっかけになったのですが、この時に再生可能エネルギーにシフトしていたら、もしかしたら福島の原発事故は無かったかもしれないという重要な転機になったのです。

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もう一つの経済変動はバブル経済です。これについては記憶も新しいのでリアルな体験談が語れますが、基本的に日本国内の事情ですので一人芝居を打っているようでした。留学といえば私の子供もアメリカ留学をさせていました。ところがバブルが弾けるとたまりません。たちまち留学熱は冷めて帰国者が表れます。ただ、バブルは民間から公共にと流れていきます。バブル最盛期の民間の経済活動は数年遅れで税収となって表れます。その税収によって公共事業が振る舞いますのでバブル景気はすぐには消えないのです。

この時代、経済を引っ張っているのは団塊世代です。40代という働き盛りの塊が時代を動かしていました。競争社会に生まれて受験生の悲哀を感じ、学生運動に傾注して、そして企業戦士となりバブルに踊って終わります。まさに私も含めてバブルでした。

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2017年8月 3日 (木)

『国勢調査推移集計』最初の国勢調査と平成27年の国勢調査を比較すると時代の変化が一目瞭然-「花嫁のアメリカ」江成常夫著(講談社文庫)

25歳~29歳が30歳~34歳になる時、戦争で新たな婚期を迎えることのなったのです。いや行き遅れた女性がアメリカの花嫁になったのです。終戦からまもなくマッカーサーが来て連合軍の代表として統治し始めます。それから13年以上の長きに渡って進駐軍は日本全国を統治してしたのです。当然、米軍は男性社会です。日本の女性との交際も盛んに行われたのです。それも戦争で不足していた日本人男子の代わりと言っては失礼ですが、男女が引き合うのは致し方のないこと。その時の記憶が「花嫁のアメリカ」江成常夫著(講談社文庫)にありました。

日本人は歴史的な出来事を省みるのは得意じゃないようにも思います。例えば沖縄が返されたのが昭和47(1972)年5月繊維産業の自由化と交換に変換されたと揶揄されました。「糸を売って縄を買った」という表現を絹の街、桐生市の職員から聴きました。戦後27年間、沖縄は米軍の占領下でパスホートがないと入れませんでした。そこでもアメリカ人との混血を生みました。一時的な触れ合いが齎す不幸も多く生まれたのです。当事は「アイノコ」と呼ばれ差別を受けた混血児も、今はスーパーモデルとして第一線で活躍する人もいるのでしょう。時代は変わりました。

こうした史実を確証するのはやはりデータです。男性より女性の転出が多くなっている世代があります。大正期や昭和初期では出産での若い女性の死亡数が多い時代もありましたが、戦後の病院出産の普及で出産時の危険から急速に救済されました。「産後の肥立ち(回復)が悪い」など、最近の話題にはあまり出ない言葉でもありますが、相変わらず出産は大変な仕事です。

さて、コーホートに観る日本国内の転出や転入、世代ごとの特異な理由での死亡、社会的な動きでの人口減少や増加については全てに裏付けがあります。私にとって、まさに戦後の花嫁の事情はこのコーホートによる情報からでした。昭和59年発売の「花嫁のアメリカ」に続いて「花嫁のアメリカ 歳月の風景1978-1998」が2000年に出版されています。同じ絵なり常夫氏の写真集になりますが、当事の歴史を承けた新しい世代が育ちつつあることを物語っていました。戦争というものを通して、アメリカ社会と日本というふれあいの歴史でもあるのです。

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2017年8月 2日 (水)

『国勢調査推移集計』最初の国勢調査と平成27年の国勢調査を比較すると時代の変化が一目瞭然-戦後日本人の行動パターン

戦争に敗れた日本人は、再び海外に向かって飛び出していきます。戦争では負けましたが今度は商売です。そして勉学にと若者は海外流出を志向します。同じ頃、婚期を迎えた女性も海外に流出します。日本人男性の数が戦争で奪われて、行先を見失った日本人女性が海外に夫を求めて流出しました。「花嫁のアメリカ (講談社文庫) 文庫 1984/4江成 常夫著」はそんな日本女性の姿を語ります。

またアメリカへの留学生も多く排出しました。「戦後のアメリカ留学の記録・・・その喜びと苦しみ」が後藤和弘氏のブログに公開されています。

http://blog.goo.ne.jp/yamansi-satoyama/e/11681a74f360f180b39d4524554a7520

私の高校時代にも2年で同級生の女性が海外留学生に選抜されて旅立ちました。当事はアメリカへの一極集中だったように記憶しています。戦後、アメリカが元気な時代に敗戦国の国民である日本に同情したのかオリエンタルに感じてのことかわかりませんが、確かに若者の流出と婚期の遅れた女性の転出が目立ちます。そういえば新生児の死亡が少なくなっています。アメリカからの食料供給や健康管理など栄養環境も良くなってきて、母体の健康そのものが改善したのが主因だとも思えます。それにGHQのお陰で出産の医療化が進みました。病院出産が当たり前になり産婆が取り上げることは少なくなりました。

【昭和30(1955)年-昭和25(1950)年】コーホートでは0~4歳児の5年後には20万人の死亡がありましたが、【昭和35(1960)年-昭和30(1955)年】では4万人に激減してしまいました。まさに医療の力です。

その後、日本人がアメリカに迎合する姿はよく知られています。テレビも映画も、ライフスタイルも価値観もアメリカナイズしていきました。欧州では流行っていない野球が末端まで普及しました。テレビドラマは挙ってアメリカ直輸入です。そして日本の産業も1ドル360円を良いことに輸出に精を出しました。現在、滅びつつある家電メーカーも当事に生まれたのです。海外支店が展開し、日本の企業マンも海外駐在を増やしました。そして最初の海外留学組が戻ってきます。帰国子女問題も発生するのですが、時代はまさにグローバル時代に突入しているのです。

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2017年8月 1日 (火)

『国勢調査推移集計』最初の国勢調査と平成27年の国勢調査を比較すると時代の変化が一目瞭然-戦前戦後のコーホートでくっきりと人の動きが見えてくる

「いくよいちずにたいへいよう」と1941年の太平洋戦開戦の年号を覚えましたが、昭和16年12月の真珠湾攻撃が日本を神風の吹く「神国」として崇め立てて、日露戦争の再来を夢見たのか、相手の掌握すら無視して始まった自滅型特攻戦争だったと理解しています。映画「トラトラトラ」ではかっこよく映し出されていましたが命を犠牲にした戦略は人類の未熟な社会現象だとも言えて、いささか犠牲になった世界の人々に言いようのない矛盾を感じてもいます。なんとも戦争は気持ちの悪いものです。

昭和15年の国勢調査から1年後に戦争は始まります。そして開戦までの間はいわば準備期間、開戦までの作戦行動に多くの国民が招集されます。そして終戦後の昭和20年までの間には、戦争に駆り出された20歳から34歳までの男子の国外転出が400万人を超えるのです。あの戦争で犠牲になった戦死者は230万人とのことですが、国外に転出した半分の数が犠牲になったということなのです。

日本人にとって、元寇の戦いで神風を見方に戦勝したり、日清戦争では台湾を割譲したり、日露戦争では凄まじい人柱を犠牲にしていながら、日本海海戦のみをクローズアップして有頂天になっていた日本人の心理、そして第一次世界大戦では火事場泥棒みたいな手口で戦勝国に浴したことが、完全な墓穴を掘ったことになるのですが、有頂天とはこのことです。

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さて、終戦です。昭和20年から25年の国勢調査の間には戦地から多くの男子が戻ってきます。私の親たちも満州からの引き上げ組ですから、この中に入っているのですが、日本本土に帰ってきました。その数20歳から44歳までの男子が245万人です。学徒出陣がありましたし30代後半から40代も召集令状が来るようになりました。そんなにわか軍人が戦争するのですからちゃんとした戦いになるはずはありません。

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昭和25年までのコーホートには子供の転入も観られます。満州のみならず台湾や韓国、樺太などで生活していた家族も挙って引き上げてきました。私の兄と姉もその中に入っていました。よくぞ帰れたと思っています。母親から引き上げ時の愚痴話はよく聞かされました。幸い満鉄病院の薬剤師だったので家族で引き上げてきたのですが、大概は愚痴話の主役は父親でした。(笑)

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