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2017年10月27日 (金)

「イノベーションが多摩ニュータウンの未来を拓く」コミュニティ・ビジネスの提案を若い学生に期待する

私は女子大で非常勤をしていて、コミュニティについて話をしているのですが、その中でコミュニティ・ビジネスの可能性について学生提案をしてもらおうと思っています。最近、若い女子学生が起業するニュースなどを耳にすると、目の前の学生にも希望が見えてきます。起業という発意は誰でもチャンスがあるので、その機会さえあれば様々な展開が可能になります。こうした環境の中で日本では女性の起業がこれからの未来を創るように思えるのです。

というのも、国際的には中国の台頭が気になります。国民が挙って新しい分野にチャレンジしています。13億、14億と言われる人口をバックに、ビジネスチャンスを狙っています。国内需要を取り込んで起業力を上げて海外に出陣する技は嘗ての日本を10倍にしたスケールで具体化していきます。資本力も増大して世界の企業を買収して拡大していきます。日本もそうでしたし中国も同様に世界を攻めてきます。いつの間にか中国傘下に入っている日本企業もアメリカ企業もドイツ企業も多いのです。いわゆるグローバル化しているという状況です。

そんな世界の中で日本はある種の日本型成熟社会に入っているように思えます。個人個人が貧しさから這い上がって、衣食住がそれなりに与えられ、あるいは獲得していっている状況があります。人口減少社会に入り、雇用環境が良くなっていくに連れ、バブルの後遺症で発生していたホームレスも少なくなっています。グローバル化が進んだアメリカ経済のように一方的な貧富の差もあまり見られません。もちろん子どもの貧困や非正規雇用の問題など社会の影がないわけではありませんが、こうした環境も教育費の無償化や企業留保を排出させる動きが政府にも生まれています。

こうした日本の状況下では、国内での循環型経済活動が重要になります。地域に潤いを生み出す役割が必要になります。ストックとしての資産が整ってきた中でフローとしての経済循環が社会を潤すのです。それがコミュニティ・ビジネスだと考えます。日本語的に言うと「地域での役割」を見出すことが必要なのです。地域で何をするか、何が出来るかは、何が求められているかを知ることから始まります。求められているものを、そのニーズに沿ったサービスが提供できればビジネスは成り立ちます。そんなビジネスを女子学生に見つけてもらいたいし、実践していただきたいと期待するのです。

2017年10月25日 (水)

「イノベーションが多摩ニュータウンの未来を拓く」郊外で人間が滞留する社会だからコミュニティ・ビジネスが台頭するのです

戦後みたいに人が大都市に集中することもなく、すでに集中した人が二代目を育てて、それが地方に分散する時代でもある日本社会で、多摩ニュータウンもまたこうした均衡の中で模索している姿があります。今の日本、どこにいても模索ばかりで未来が見えません。衰退する地方都市が人口減少の真っ只中に居るようにも見えますが、人口集中の湾岸地域だって「オリンピック後のまちづくり」を想像すると不安がいっぱいでしょう。

私たちは今、大きな変化の中で生きているのです。全国的に人口減少が始まっていて、家族のあり方も問われ続けています。核家族化が進みすぎたことで孤立化が進行しています。単身高齢者が増加して孤独死も状態化していますし、若者は結婚しない、子を生まないという一人の生活を大切にするという流れが選択されています。「共働きだと実態として子供を育てられない」、「教育費のことを考えると経済的にも子育ては難しい」、「ある程度の安定した収入がないと結婚もままならない」という悲痛が聞こえます。

そんな社会が変わらなければならないとみんなが思っています。だから今般の衆議院選挙は出る方にも投票するものにもドラマが生まれたのです。多摩ニュータウンでは選挙区が変わって、これまで応援していた人に投票できなくなったところもあり、混乱しました。国政については選挙が個人を推す選挙では無くなってしまいました。政党が主になり個人が従になっています。だから少し盛り上がらないのは仕方ないのですが、市長選や市議選に成ると盛り上がります。多摩ニュータウンではそれが面白いのです。

政治の世界もそうですが、地方の政治が面白いということは地方のビジネスも面白いのです。東芝やシャープの動きは確かに国際的には大きなうねりですが、日常の生活には殆ど及びません。むしろ「隣のスーパーがたたんだ」とか「駅前に飲み屋がオープンした」など身近な出来事が重要です。ここのところ私の廻りでも「5年以上閉じていたスーパーが規模縮小でオープン」だとか「使っていたスーパーが閉鎖して老人ホームに成る」とか「安売りスーパーが大きく模様替えして再オープン」などスーパーの話題だけでもいくつかあります。実は、それが大切なのだと思うのです。

世界的な話は株価や日本経済の行末には影響あるのですが、日常的な生活からは程遠いのです。シャープが鴻海の参加になったって、シャープの冷蔵庫は同じだし、日本人も働いているのだから、経営陣が変わっただけという捉え方もできます。その場合、地域にはあまり影響しないのです。

2017年10月24日 (火)

『男と女』生産年齢人口が急減するのだからみんなが社会参加しなくっちゃ

貧しい国では子供を生むことは家庭の生産力を上げることだという概念があります。つまり子供でも働き手に成るという意味で、諸外国では物乞いも含めて子供は家庭を助けます。日本でも子供は街に奉公に出ていました。「丁稚奉公」や「子守」など子供の仕事はあったのです。今となっては虐げられた子供の姿と映って、良い印象は無いのですが、貧しい村から裕福な街への就職活動はあったのです。

「丁稚」をググってみますと「10歳前後で商店に丁稚として住み込んで使い走りや雑役・・・」という解説がされています。10歳というと今で言うと小学生高学年に入る頃です。江戸時代に普及した制度のようですが「丁稚」「見習い」「弟子」など様々な職業によって使い分けられていたようです。つまり子供の内から働くことの習慣を身に着けていたようです。こうした制度は昭和初期まで続いていたように思いますし、戦前は義務教育が尋常小学校の制度と結びついていたので、それにも左右されていたように思います。

まあ、いずれにしても10歳ころから子供は働いていたし、人生50年時代ですから殆ど生涯現役で働いていた人も多いと思います。病気になっても治療ができない病気が殆どですから、簡単に死ねたので老後という期間は短かったに違いありません。たまには長生きの人がいて、「ご隠居」なんて呼ばれたり「長老」として君臨したりで、高齢者は珍しかったのです。そんな時代ですから、男女の役割も明確だったのです。「男は丁稚か弟子、女は子守あるいは飯炊」など職業区分も明確だったに違いありません。

さて、現代版「丁稚」や「子守」は少子化の中では大いに社会勉強をさせて、有効な社会人として役立つために育てることを目的とするのかもしれません。そして膨れ上がった高齢者を、元気を保ちながらゆるりと使い込んでいくことが求められているのではないかと思うのです。特に長生きの女性にはもっと社会参加していただいて、「子守ババア」ならぬ「子守役」を担っていただくことが次なる社会を生み出す力になるような気もしてきます。ジジイの場合は、現役の半分でもいいから働いたつもりに成って社会貢献して、早死していくことが求められているのだろうと思うのですが、いかが・・・。

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2017年10月23日 (月)

『男と女』比較的女性の就業者は増えて、男性と交代しているかも

平成7(1995)年に生産年齢人口は8716万人のピークを迎えて、今現在は7610万人と急速に減りつつある中で絶対数としての就業者は均衡を保っています。男女別で見ると男性の就業者が次第に減りつつある中で女性がカバーしている様子が見えてきますし、最近は雇用環境の向上から、男女とも就業者数の増加が見られます。そして男女の差も少しずつ縮まっているように見えます。

全体としての雇用環境の改善は今回の衆議院選挙でも与党に良い影響を与えています。生産年齢人口がピーク時から13%も減っているのに就業者数の絶対数が減っていないというのは日本経済の堅調さを表すもので、雇用の面からも生活の安定化が見て取れます。特に2014年以降の動きは顕著で、失業率の低下のみならず高齢者の雇用や女性の雇用環境も充実していると予測できます。見方を変えると、13%減少したものを高齢者や女性の雇用で補ったということにもなります。

高齢者の雇用は年金不足という経済的な背景もあり、やむなく働いているという意識も高いと思えますが、女性全体については女性の積極的な社会進出の動きが高まっているという捉え方を多くの人がしているように見受けられます。女性の社会参加が当然のように増えていく中で、保育園の不足や雇用環境の中での育児への理解が高まっています。かつて「寿退社」などと結婚を機に辞めていく女子社員をそう呼んだのですが、「だから女子社員には仕事を任せられない」とか「女子は仕事に対する意識が低い」などと決めつけられた時代がありました。

今の女性は強くなりました。男性と同じように夜間も働きます。これほど生産年齢人口が減ってくると「女性だから」なんて言ってられなく成りました。平等という言葉は使いにくいとしても対等でなければ働く女性もやってられないのだと思うのです。

最近、通勤時に若い父親が背広姿で子供を腹に抱えて保育園に通うシーンと出会います。私の通勤時間は8時30分ころですから、二人ほどの父子に出会うのですが、実態はもっと多いのではないかと察しられます。そろそろ「イクメン」が普通になっていくのかもしれませんね。

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2017年10月21日 (土)

「イノベーションが多摩ニュータウンの未来を拓く」団地管理組合が主体となるビジネス

管理組合の集会所の活用が盛んに行われていると年間100万円ほどの収入になるし、団地内に居る専門家が居住支援するビジネスも京王電鉄やJSでやり始めた生活支援ビジネスとちゃんと対抗できると思うのですが、なかなかその気にならないのが管理組合というもの。でもそこに気付き始めると「あれもこれも」とビジネスチャンスが出てきます。

そのためのきっかけを造るのが実は私達の仕事、即ち私達のビジネスだと心得ているのですが、世の中は進んでいて周りからやいのやいのと言う前に全国を見渡してみたら進んでいる管理組合はあるんです。そんな管理組合の一つが「西京極大門ハイツ」です。マンション・ラボでも紹介されていますが、マンションとして法人化して「まちづくりマスタープラン 2011年度~2030年」という長期ビジョンを持っているのです。自らを自らの手で自らのために活動する組織を持っているという意味では、単なる業者依存の管理組合とは全く異なります

http://www.mlab.ne.jp/columns/news_life_20130819/

この管理組合についての詳述は紹介したホームページに詳しいので避けますが、要は管理組合は大きな会社なのだという視点です。まずは資産を保有していますし、個々の資産ではありますが大局として活用していくことが前提になります。それに個々の権利者は高齢化もしますしビジネスマインドをすべてが持ち合わせているわけではありません。だからビジネスマインドのある人が経営者となって運営していくという合理性があるのです。

私たち団地居住者は管理組合に参加することが多い立場にありますが、いざビジネスまでの展開を提案しても具体化するのは難しいのが現状です。でも最近の動きの中で、こうした芽生えが生まれ始めているようにも思えます。団地の自治を尊重しつつ団地の潜在力を活かすことが今後の生き残りを掛けるマンション需給環境の中で、喫緊の課題になっていることを認知し始めたのです。空き家が生まれる。相続で難儀する。という「不動産」ならぬ「負動産」が負の遺産として顕在化しているという事実です。まだ多摩ニュータウンには到来していないという安心感はそろそろなくなってきて、今に始まるマンション空き家時代に団地も火中に入っていくことを認識し始めているのです。そこで私達の役割も始まるのです。

2017年10月20日 (金)

『男と女』進学率の男女差にコメント

昭和44(1969)年79.4%、平成17(2005)年96.5%は高校進学率の男女差がクロスするポイントです。流れは男性優位から始まりますが丁度オイルショック当たりから女性の進学率が追い抜いていきます。そして長い間女性優位が続いてバブル景気にも同様しないで女性の進学率が上回って、ようやく平成不況の長いトンネルから抜け出せないまま、男女の進学率が均等に成っていくのが平成17年なのです。その後は男女差が均衡しています。

一方、大学進学率の推移は昭和63(1988)年36.7%あたりでターニングポイントがあります。そして平成11(2001)年48.6%あたりで逆転して、さらに平成26(2014)年55.1%で均衡します。基本的には男女格差は是正され、進学率は伸びていくのですが大学進学率は経済の浮揚に敏感に反応して上下しています。ところが高校進学率は安定して推移しています。そこで昨日のコラムでは高等学校の学費の無償化を唱えてみたのですが、大学についてはまだまだ国民の均等負担としての環境は整っていないと思います。

大学進学率の最初の山は昭和39(1964)年19.9%は東京オリンピックでした。その後景気はうなぎのぼりで高校、大学進学率共に上昇します。そして昭和50(1975)年38.4%で頭打ちです。オイルショック、ニクソン・ドクトリンで経済は低迷します。すると大学進学率そのものが低下し始めます。その低迷は平成2 (1990)年36.3%まで続きます。その後はバブル景気です。大学進学率は平成14(2002)年48.6%まで上昇しますが、少しバブル経済の後遺症で銀行が貸し剥がしなどと不況企業から貸付返済を迫ります。そして再びゆっくりと大学進学率は動きます。2010年56.8%あたりに再びピークを迎えて2013年55.1%と再びボトムを体験します。今度はリーマン・ショック後の景気低迷の影響ですが、それは短期に経済も回復して今は人手不足ですから平成29(2017)年速報では大学進学率は57.3%と過去最高だそうです。

大学進学率の基本は就職活動にあるように見えます。いい職場に就職したいがための大学という選択です。だから大学同士の競争が働きます。国立大学だからと言って安穏とはできない時代です。大学そのものの進化が魅力を創出し、良い学生を育てます。そこに日本の未来があるような気もします。進化した大学に未来を託したいものです。

 

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2017年10月19日 (木)

『男と女』教育費無償化という動きに進言

「女は学問なんて」という時代はとっくに終わっているのですが、日本では中学までは義務教育なのでまずは卒業するとして、高校進学率はどうなっているのだろうと調べると、なんと平成29年度の進学率は男子98.6%、女子99.0%という状況で、しかも専修学校進学者を除く純粋に就職している人は男子0.4%、女子0.1%という低い就職率で、今時の中学生は全員が進学しているという状況になっています。まあ、今をときめく中学生棋士、藤井聡太四段は中卒で良いという判断をしているようですが、今の高校進学の現実は義務教育と同様な進学率が保たれているのです。

 

そこで提案です。高校以上は殆どの世帯が学資負担をしているので、家計から出費させるのではなく税金から学費を負担する仕組みにすることが望ましいと思うのです。大学進学率はまだ50%を超えた状態なので自己資金としてもバランスが採れると思うのですが、高校進学は殆どみんなの共通の経済であり、一部の棋士や芸能人など、中卒でも稼げる人はまずは頑張ってみて、その後に高校での勉学を必要となった時に無償で就学するという仕組みがあれば、その人の人生が幅広くなるように思うのです。

 

そのためには受験戦争からの脱皮が必要になりそうです。幅広く入学を受け入れて、卒業レベルを揃えるという仕組みです。高校受験では優等だったものが挫折していくシーンにも出会います。受験が全てではないことはよく知られているのですから、門戸は広く卒業は難しいという流れを構築すると、目的を持った勉学のために高校に入るという意識が高まります。「みんなが行くからとりあえず入れる所に」と言う選択ではなく、「私の学びたいものはこれ」という意識を持って入学することが必要だと思うのです。だから大学進学を目指すならば「東大入学ナンバーワン」の実績を誇る高校を目指すのも良いでしょうし、音楽家を志すならば「音楽コースのある高校」に進学するというのもいいでしょう。

 

とにかく受験だけで方向が定まるような仕組みではなく、人生のやり直しの効く仕組みが欲しいところです。私も含め人生にやり直しが効くと良かったと考える人は多いはず。いや、むしろそうした人が優勢ではないかと思うのですが、いかがでしょう。

2017年10月18日 (水)

「イノベーションが多摩ニュータウンの未来を拓く」団地管理組合支援というビジネス

団地の管理組合活動を体験していて「戸建ての維持管理より楽」という感想を思い続けているのですが、改めて管理組合という組織を前にして思いとどまることがあります。それは管理組合組織員の年齢です。

同じ団地に入居して以来、専門に建物を管理しているベテランがいます。そこに新参者の若造が意見具申しても聞き入れられるものではありません。むしろ強い意見を避けて多少迎合気味の留意点を並べてお茶を濁すのが精一杯かもしれません。なにしろ先輩方の修繕委員たちは自信たっぷりなのです。とても敵いそうにありません。

幾つかの団地管理組合のお手伝いをしていますが、最初に感じるのはこうした印象です。ただ、当の本人たちは若い世代を大歓迎していて、飲み会やイベントに参加していくことを奨めます。だからコミュニティに溶け込むことは容易なのですが、こと修繕となれば別です。経験則が物を言うので歯がたたないのですが、実は環境改善の提案については苦手なようです。

たとえば「集会所を増設してキッズルームを造る」ことや「空き住戸を利用して単身用のシェアハウス」を作ろうとか、「太陽光発電設備を導入して電気代の軽減」「井戸を掘って防災に役立てる」などを提案してもなかなか進みません。これまでに無かったことを新たに創出することへの抵抗があるのです。

団地の改善には様々なアイディアがあります。単純に設けるならば、通り沿いにある団地ならば「自販機」を設置するということも「コンビニ」に土地と建物を貸すこともできます。団地の余剰敷地を活用した賃貸マンション経営やミニ保育施設や高齢者支援施設だってできます。団地には敷地がありますから、一棟建てのマンションとは違って応用が効きます。ただし、ハードルはあるので、それを着実に超える必要があります。そのハードルはみんなの知恵があれば超えられるのです。

時間は掛かりますが、ゆったり構えて前に勧めるのです。焦らず着実に機会を選んで前進します。ときには後退と思えることもあると思いますが、それは実は前進なのです。何事も前向きに団地の活用を考えていけば解決は出来ます。それこそ三人よれば文殊の知恵です。団地ですからその50倍100倍かもしれません。活かすも殺すもアナタ次第です。

2017年10月17日 (火)

『男と女』戦争の時、男と女は

第2次大戦の犠牲者が310万人と言われるなかで、虎視眈々と戦争準備をしていた日本での家族関係はどうだったのか、昭和15年の国勢調査データから垣間見てみましょう。

時代は日中戦争の成果を喧伝された国民がそこにいます。すでに第2次世界大戦はヨーロッパで始まっており、その報道は毎日のニュースで知らされています。「いよいよ日本も」という戦争体制の中で戦時食料の増産も国民の課題になって進められています。今から思えば国全体が戦争モードで、戦争反対なんて言えないムードだったのです。だから一貫して「産めよ増やせよ」ですから、世代が若いほど人口も増えていきます。当時は男女を産み分ける技術も無いので同じように生まれて育ちます。

戦争が起こっていると言っても、国外での戦争は国民の生活には響きません。戦下で食糧不足ではあるのですが、子供を動員した増産運動に沿って計画的に増産計画が遂行されているという印象があります。だから国民は至って平穏です。全てに道徳教育が行き届いていて、国の方向を信じているのです。まるで現代の北朝鮮のようです。天皇を信じてそれを支える軍隊に経緯を払っているのが国民の総意なのです。

国民に十分な情報が行き届かない状況がありました。ある意味では情報統制が可能だった時代の第二次世界大戦前夜であったのです。その日本の状況は、無理矢理に国民に情報を流さない中国の今にも似て、情報を開示していれば実際に起こるはずの改革を押しとどめて、国として平静を装っている状況に見えます。その結果として日本はアメリカとの戦禍を交えるという愚行に走るわけで、いまの中国に非常に似ているような状況になっています。

果たして日本ではアメリカとの戦争は勃発するのです。情報が限られていた結果ではあるものの、制止することができない太平洋戦争のはじまりです。日本の人口はまさに戦争のための人柱を増産した時代でした。明治以降、日本は国力拡大を目指して戦争のための人口を増産したのです。それがとどまることを知らず人身を弾として戦場に送り込んだのです。

今、人口は減り続けています。ならぱ、その目的は何か。単にこれまでの経緯で必然的な人口減少を多くの識者が語っていますが、人口減少の目的を見出すのも、それを考えるのも未来を予測する機会になりそうに思うのです。

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2017年10月16日 (月)

『男と女』ダイバーシティ: 多様性。相違点。

ダイバーシティという言葉は『企業で、人種・国籍・性・年齢を問わずに人材を活用すること。こうすることで、ビジネス環境の変化に柔軟、迅速に対応できる(デジタル大辞泉)』との流れは企業のみならず社会に浸透し始めているように思います。最近では小池都知事の言葉の足節に出てくるので馴染みの用語になった感がしますが、多様性や相違点を表す言葉として認識されるようになりました。

中でも男女については、そもそも相違点が明確で多様性というか、機能や役割がそもそもはっきりしているのだという概念から区別も意識されなかったのですが、最近では「性同一障害」などの性についての研究や実態が知られるようになり、ジェンダー論など出版会を賑わしていますが、大正9(1920)年には男女差は極めて明確だったと時代は語ります。「男は社会で働き、女は家を守る」という概念が大正期には通例で、女は子を産む者として固定的な概念が浸透していたように思います。

それを表すのに大正9(1920)年の15歳から19歳の女性の16%に配偶者がいたことです。平成27(2015)年の女性では0.5%ですから雲台の差です。世代を20歳から24歳で比較しますと大正9年は64.5%が既婚者で、平成27年は8.0%というのも隔世の感があります。それだけ女性の社会進出が進んだというのか、医療環境の向上で高年齢になっても出産が可能になった背景なのか、多産多死の時代での女性の役割だったのか、様々な要因で女性の早婚の理由は語られますが、社会そのものが現在とは比較できないほど原始的だったというのかもしれません。

日本人の寿命事態が50代から80代に移っているという現状の中で、男女の役割も見えてきました。男女の役割も相互に近づいているようにも見えますし、より明確に成っているという言い方も出来るかもしれません。いずれにしても単純な男女、つまり雌雄の区別ではなく、男と女とは生物的には区分できても、社会でのポジションや精神的な位置づけはすでに多様化しているという状況だという認識に立ち、ダイバーシティを受け止めていくことになるのだと改めて認識しているのです。

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2017年10月15日 (日)

「イノベーションが多摩ニュータウンの未来を拓く」団地管理組合がCO2削減を意識する時

ドイツのように国が外断熱を義務付けるのではなく、日本は団地管理組合が積極的に外断熱化を推進するのであれば補助するというスタンスを執っています。ですから組合が外断熱の価値に気付かない限り実現しない仕組みですから、その具体化件数は非常に少ないのが現実です。私の住んでいる団地管理組合では、何度か外断熱の良さを解ってもらうために団地内でメーカーを呼んで勉強会を重ねていました。そんな折に国が始めた省エネ事業に対する補助金申請に気づいた私が管理組合の新年会で話題にしたのが外断熱改修の始まりでした。

当時のNPO外断熱推進会議が議員連盟で勉強会を重ねていたのを思い出します。私も衆議院会館で団地の外断熱化の可能性について講演した覚えがありますが、それが補助金の具体化に何らかの影響を与えたものだとすれば嬉しい限りです。とはいえ団地の管理組合が補助金申請にタイミングよく反応できるとは限りません。マンションには長期修繕計画があります。外壁については10年から12年で修繕計画を立てているのですが、そのタイミングでなければ外断熱化の取り組みもできません。幸い私の団地の外壁修繕が10年目に差し掛かっていたというのもあったので、長期修繕計画の中に急遽、外断熱改修を織り込んで見ようという試みになったのです。当然、外断熱化の補助金が出なければ実現しないので、まずはチャレンジということで申請してみました。

はたして補助金対象に選定されましたが、応募件数が多かったようで、当初の補助金募集要項の1/2補助ではなく1/4補助になったのですが、まずは急遽居住者アンケートを取ることにしました。補助金対象になったが実施の可否を問うアンケートです。複数の権利者が居る団地では合意形成が難しく、個人負担が伴う合意はとれません。幸い修繕のための積立金がある程度あったことで外断熱改修は補助金が加われば積立金の枠内で外断熱化ができるというのが見通せていました。それに以前から勉強会を重ねていたので断熱についての意識も高いのです。アンケート結果はほぼ全員合意でした。

国の補助事業が2008年暮の発表でしたから、それから10年です。多摩ニュータウンの事例では2015年3月に築年1982年のエステート鶴牧団地(鉄筋コンクリート造・地上2~5階建て 29棟総戸数356戸)の団地が国の補助を受けて外断熱化が実現しました。10年間に二つの団地というのは少ないと思います。その間、足場を掛けて大規模修繕工事を行った団地は山ほどあるのですが、具体化するにはハードルが高いのです。そこのところに何らかのきっかけづくりができればと思うのは私だけではないはずです。何とかしたいのですが、いい方法を見つけたいものです。

2017年10月14日 (土)

「イノベーションが多摩ニュータウンの未来を拓く」賃貸住宅ビジネスが天下分け目の戦いに入る。その時

団地まるごとのリノベには賃貸団地が対象になります。小田急電鉄の社宅だった座間駅前の団地をまるごと民間の賃貸団地としてリノベした「ホシノタニ団地」はその例として世間をあっと言わしました。その他、公団の賃貸住宅にはMUJIがモデル的にリノベをしていますし、東京都住宅供給公社はR不動産にイメージチェンジを委託して賃貸価値の向上を目指していますし「きぼうどおり」という仕組みを介してリノベーション住宅を展開しています。このように大規模大組織の賃貸住宅の活用は時代の流れの中で「リノベーション」を捉えてブランディングを高めています。

ただ、私の診る限り賃貸住宅のリノベは「見かけだけのリノベ」であり、本質的な建物の性能向上のリノベではありません。個別に見学した範囲で申し上げますと「ホシノタニ団地」のリノベは、サッシや壁の断熱性能を上げているものではなく、建設当時の性能をそのまま継承しています。だから建物から放出されるエネルギー損失は相変わらずで、結露やカビの発生は抑制されません。折角のリノベですから壁の断熱性能を上げたり、窓の遮熱や断熱性能の高いサッシに取り替えたりという配慮が欲しいのですが、あくまでも見かけで借り手を確保したいというソロバンが働いた結果の住戸で、私にとっては残念なリノベでした。

それと比べると居住者個人が実施する持ち家のリノベは違います。まずは「居住性」を大切にします。「冬暖かく夏は涼しく」をもっとうに、内部も断熱性能を高めます。最近では性能の良い断熱材も出回っているので外壁面のみならず床や天井にまで断熱材を施します。特に開口部は単板ガラスを真空ガラスに取り替えるのもいいでしょうし、内窓を取り付ける方法もあります。省エネに対する補助金も出ているのでリノベを機会に開口部の断熱性能を上げることは容易です。それにより結露を抑制しカビの発生を防止します。だからカビを食べるダニの発生も防ぐことができ、ダニのフンで発生する喘息やアトピーなどの病気も防ぐことができます。

住宅の居住性能向上というのはリノベの基本です。見かけのリノベも商売では成り立つのかもしれませんが、物の本質が解ってくると評判を落とします。その時に十分な性能を確保しておけば将来に渡って高い評価の賃貸住宅として使えるのに、安易な採算ベースの考え方では短命に終わるのです。いまは賃貸住宅事業の転換期のように思います。今後の住宅余剰をうけて天下分け目の戦いが始まるのですから、今しかできない建物の性能向上を基本的なルールとしたいものです。

ドイツでは足場を掛ける工事では外断熱を義務付けているようです。日本でもリノベをする場合には断熱施工を義務付けるようなルール作りが必要なのではないでしょうか。

2017年10月12日 (木)

『男と女』一人で生きるか、二人で生きるか

「家族がいないと淋しい」という意識があって、一人で生涯を過ごすなんて最初から考えていなかったと、今思えば無意識というか先入観というか教え込まれていた、あるいは思い込んでいたという意識があります。だから「家族を作る」ことには抵抗がなかったし、子が生まれてからは帰省が状態化していました。正月と盆は実家で過ごすことが当たり前という生活習慣が生まれ、費用など掛かると思いつつも致し方ないという気持ちで年中行事になっていました。親を見送るまではそれが続き、親がいなくなって地方巡業はパタリと終わりました。

一人で生きていく人が増えているのです。私の周りにもいます。家族社会が変わりつつあることを実感しています。いわゆる親族を単位とした「家族」のあり方が変わりつつあるのです。もちろん人間は孤立しては生きていけません。何らかの人と人の関係が保たれる必要があります。だから友人と生きて行く人もいるでしょうし、それが深い関係なのか浅い関係なのか、自身の心の持ち方に因って異なってくるのです。一人でも過ごせる人と一人では過ごせない人がいます。学生時代にパーソナリティ心理学を独学ですが学んだ記憶があります。5つの性格類型があって「自室の好みと性格類型」をアンケートに因って解こうと、卒業論文で取り組んだのですが、なかでもヒステリー性格の人は狭い部屋で満足するという結論が出たと記憶しています。

「ヒステリー性格」の人は外交的で自分の物を持たないようです。いつも人と交流しているから、人と一緒に過ごすことが日常になっていて、「家」というこだわりも少ないように思えます。人といつも一緒にいたいという意味では「家族を欲しがる性格」なのかもしれません。一方で一人の人に拘って生きるより、多くの人の中で居るほうが落ち着くという性格でもあります。

それに引き換え自室の広さが必要な性格は「粘着質性格」のようです。凝り性というのか、画家や小説家などずっとアトリエや書斎に篭っていても飽きない性格の人です。こうした人は一人で孤立しても不安もなく飽きないで過ごすことができるのでしょう。

一人ものが増えている現状を性格に例えて言うと、現代社会は「粘着質性格」を多く産んできているのかもしれません。見方を変えると、社会が安定して来て人にもまれながら、がむしゃらに働かなくても良くなっているのかもしれませんね。

2017年10月 9日 (月)

「イノベーションが多摩ニュータウンの未来を拓く」土間を趣味に活かして改善する方法を考えます。

コンクリート建物のリノベには上下左右がコンクリートで遮られている安心感があります。また、上下階の遮音についても防音効果のある材料が工夫されており床材の種類も豊富に使えます。例えば石張りにしたいなどと思っても、その下地の遮音性能を高めることで可能になりますし、隣戸や上下階に不愉快な思いをさせないような工夫は様々に提案されています。

そこで着目されるのが室内の土間です。「土間」といえば農家の土間が想像されますが、現代版土間の仕上げは塩ビシートで良いでしょう。下のコンクリートとの間に遮音性能の高い材料で下地をつくり床を仕上げます。スペインの中に和風の石目調やタイル張りなどなんでもできます。土間が広ければ自転車の修理もできますし、高級な自転車は盗難の恐れから回避できます。土のついたゴルフバックだって持ち込んで、クラブの点検や子供の乳母車や三輪車のストックも用意です。なにしろ「土間」ですから、土足でいろいろな作業もしやすくなります。木工細工などのアトリエも土間を活用することで作業範囲が広がります。つまり土足空間を室内に取り込むことで室内の利用幅が広がるのです。

土間の暮らしは昔から農家にはありました。あるいは町家でもまずは土間で客を迎えます。土間は半戸外で農作業で汚れた体を受け止めてくれますし、収穫物の土汚れを住戸内に持ち込むことができます。そもそも狭い面積に家族が大勢住んでいた狭小団地時代から、一人ないし二人が趣味の人生を送るのには多様なライフスタイルが展開できるのです。アメリカみたいに全部、土足でも良いかもしれませんし、下足の考え方は国によってまちまちです。日本人だからということもないので、土足という概念を入れたら一挙に生活スタイルも変わりそうに思うのですが、いかが・・・。

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2017年10月 8日 (日)

「イノベーションが多摩ニュータウンの未来を拓く」多摩ニュータウンには壁構造とラーメン構造とが合体したような階段型の住棟があります。それをりノベーションで改善する方法を考えます。

間口方向がラーメン構造で桁行方向が壁構造という初期のラーメン構造の住棟があります。南北の間口部を確保するためにラーメン構造で解いた構造ですが、現在の構造基準からすると適合しにくいものかもしれません。こうした建物については耐震診断をしっかりと行うことが必要になります。とはいえ、間取りの変更するリノベーションの提案については自由にできますし、ラーメン構造を取りいれていることから内部に壁や柱がありません。小梁は一本通っていますが間取りを造る為の大きな障害ではありません。現実にはリノベ済みの中古住宅が1450万円で売買されていますし、市場に流通しているのです。

すでに家族は一人か二人です。若くても年老いていても楽しく過ごしたい場所です。折角リノベするならゆとりある暮らしがしたいと思うのは人の常です。だから一つ一つが広く設えます。冷暖房だってまずは床、天井、壁を断熱材で包み、開口部は最低は真空入りのペアガラスです。キッチンはセンターキッチンでなければなりません。一人だって接客の時には楽しみたいですし、テレビ視ながらというのもあるのです。カウンターに料理を並べながら食べる楽しみを心に浮かべながらクッキングです。

浴室はコンパクトです。コンクリート壁に囲まれていますからいわゆる1116のユニットが入ります。ユニットの廻りにも断熱材が施されますので暖かです。日頃は殆どがシャワーですので浴槽は使いませんが、冬の寒い日の帰宅時には浴槽の暖かさは格別です。エアコンは帰宅時の前から遠隔操作でスイッチオンです。温かい部屋に迎えてくれる仕組みは一人暮らしにはありがたい装置です。おまけに浴槽も自動湯はりをしてくれます。家政婦ロボットは用意していないのですが環境はまさに家事代行を頼んでいるようです。当然、お掃除ロボットは部屋中を清掃してくれています。

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2017年10月 5日 (木)

「イノベーションが多摩ニュータウンの未来を拓く」多摩ニュータウンには大量に同一規格で供給された階段型の住棟があります。それを共通のコンセプトで改善する方法を考えます。

壁構造の建物は耐震的には安心なので、長期に渡ってスケルトン(建物の構造体)を活用したいと思います。その為にはインフィル(建物の設備や内装)を様々な使い方に変更できることを知らしめることが大切です。そこでのポイントは設備です。特に排水がポイントとなります。排水は各階共通の竪管(たて管)に接続することになりますので、その位置まで一定の勾配で配管することになります。だいたい1/50の勾配で行いますが、台所からの排水管の太さは50mm、トイレの排水は75mmが標準になりますから、それらを動かすとなると配管ゾーンを確保するのが大変です。以下の例では水回りの床を15センチ上げた設計になっています。その中に排水管を収めることになります。

室内では段差のない生活が望ましいのですが、現実には水回りを一段上げている設計は多くあります。実は私の家もそうです。昭和61年供給の公団分譲ですが水回りは12センチ上がっています。個々の住戸でのプランの違いによりその段差も異なりますが水回りの処理として一般的な方法です。

水廻りについては時代により大きく変化しています。便器の大きさや機能が変わりました。布製の便座カバーを便座に巻いていたのから便座ヒーターが登場しました。それから間もなくウォッシュレットになりました。そもそもトイレにはコンセントがありませんでしたから、そこから変えなければなりません。最初はハイタンクの便器でしたからトイレは狭くてもすみました。タンクを背中に背負うのは時代が進んでからで、タンクが上から下に降りても、狭いのでコーナー型になった時代もありました。そんなこんなでトイレ一つとっても大変革の歴史です。

浴室も大変化がありました。下にアスファルト防水をしてタイルやモルタルで覆う在来の浴室からユニットバスが主流になりました。そのことで排水が各住戸の床上で処理できるようになりました。洗濯機も二槽式から一槽式になり防水パンの大きさも変わりました。洗面所もユニット化しましたし台所はさらに機能的にシステムキッチンへと変化していきました。カウンターは人工大理石になり、電子レンジは当たり前、皿洗い機やIHコンロ、浄水器が蛇口に組み込まれるなど温水との混合栓も当たり前になりました。

その他、照明のLED化、冷蔵庫やエアコンの省エネ化、コタツよりホットカーペットが利用され、テレビの薄型化と大画面化が現実になりインターネットも普及しています。すべての時代の進歩が住宅には反映されてきます。しかし、スケルトンとしての建物構造は長期に渡って使えるのです。

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2017年10月 4日 (水)

『男と女』子どもの貧困率で議論するには限界がある

日本の国内経済がシュリンクしていくなかで嘗ての拡大志向はもはやないのだから安定的な経済循環にシフトする必要があるのですが、なかなか右肩上がりのイメージから抜け出せないでいるのが日本政府です。バブル経済崩壊以降、企業の生き残りが試される中でリストラを重ねつつ、貸し剥がしが横行した金融機関に対抗して内部留保を高めていった企業が今あります。「溜まっているのだからベースアップを」という安倍政権の要請にも金融機関に対する不信感が企業にはあります。むやみに金融バブルを作っておいていざ自分の身に降り掛かってくると企業などを足蹴にした銀行を許す訳にはいきません。企業の気持ちも判ります。

ただ、時代はあれから20年以上が経ち、世界経済の先行きも次第に見えてきました。日本は幸い国民主権の国家です。どこそこの国とは違い、国民ファーストが国是である国です。だから国民の不幸は国の不幸なのですから、結果として国民の幸福を実現することが必定となります。戦後一貫して国民の幸せを実現することを目指して、国民の所得を倍増させ幅広い中流を形成してきた歴史は誇れます。まずは住まいの確保に公営住宅法を定め公団法と金融公庫法を次々に住宅施策として成立させていった歴史は「衣食住」の基本的な安寧を作りました。すでに住宅は「空きや問題」にもなっています。そして「食」は「飽食の時代」を過ぎ食品廃棄量が世界でもトップクラスになってしまいました。もちろん「衣」はすでに溢れていて、ホームレスへの防寒着を寄付したり衣類の再利用は盛んになりました。

そんな時代に「貧困率」の高さが問題になっているのです。「子供に貧困を押し付ける国・日本」山野良一著(光文社新書)が手元にありますが、不十分な社会福祉施策や国民の福祉に対する偏見など、まだまだ超えなければならない課題が紹介されています。日本では国民への福祉はまだまだ緒についたばかりだなとおもいます。まずは「貧困」は個人の問題では解決できないものが社会にはあることを知らなければならないのです。つまり「社会システム」が「貧困」を生んでいるので、社会そのものを改善しなければ貧困はなくならないという現実を知ることに始まります。子供は自分で貧困を選びません。子どもの貧困は大人が作ります。社会が生み出すのです。もう一度日本が平等の国であることに気付きたいと思うのです。

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毎日新聞より

2017年10月 3日 (火)

『男と女』日本の失業率と首都圏の失業率

日本全体では男子の完全失業率は高くて、首都圏(南関東)では女子の失業率が高くなるという傾向があるようです。でも最近では男子の完全失業率がやや高めですがそれは男子の方が選り好みが多いということかもしれません。女子は現実的に今就ける職に就いて収入を得ようとしますが男子は拘って多少の躊躇か見栄が感じられます。性格的に致し方ないと思うのですが女子からすると「諦めが悪い」ということにもなるのでしょう。日本のことわざで「武士は食わねど高楊枝」という見栄っ張りが正義だということわざがありますが、私もその口です。

でも本当に空腹ならば、やせ我慢は続かないので日雇いの職に就くような気がしますが、出来る限りそうしたシーンにはなりたくないので何とか自立していこうと考えています。

最近、身近に若者や児童の貧困などの話題に触れることが多くなりました。私の子供の頃には貧困状態は長く続いたように記憶していますが次第に日本の景気も良くなって行きました。早熟なのか大学生時代に家族があったので、働きながら大学に通ったので、つましい生活をしていた記憶があります。ただし、就職したあとは安定していきましたが、すぐに会社を辞めて独立してしまい、再び困窮生活に舞い戻りました。そうは言っても「貧困感」は無かったように記憶しています。貧しくとも寝起きする家があり、ともに暮らす家族があれば貧しさは感じなかったのです。だからといって未来に大きな希望を描いていたわけではありません。今の現実を受け止めて「今日より明日」を目指していたのだと思います。

現代人にある「貧困」はもっと暗いイメージに聞こえてきます。「学童から帰ったらインスタントラーメンしかない家庭がある」ということを聴くのですが、私も「高校の部活から帰ったらインスタントラーメンしか無かった」のです。高校1年までは母親が専業主婦だったので「腹減った」といえば何かが腹に蓄えられたと思うのですが、高校2年からは親が転勤で子供だけの生活になり、兄弟で協力して食事を準備していたように思います。それが一人っ子ならば孤独ですが、先の統計では二人家庭が殆どなので家族での協力も可能でしょう。

私の育った環境の原点は長屋なんです。丸亀市の兵舎を活用した棟割長屋ですから近所の助け合いがありました。現代にもそんな環境が必要なんだと思っています。互いに見守り会える環境が必要なんだと思うのです。今の時代、ダブルインカムでなければ経済が成り立たないというのはどこか変だと思っています。なにも高額なマンション買わなくても中古でいいじゃないですか。中古で20年も生活すれば子供も独立していきます。それからは小さなバリアフリーの駅近のマンションに移れば良いのです。

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2017年10月 2日 (月)

『男と女』子供のいる世帯を増やしましょう

最近の2014年から2015年の推移を見ますと、子供の居る世帯では人口ピークの団塊ジュニアがすでに初産時期を過ぎているのにもかかわらず子供のいる世帯の数が減らなくなっています。いやむしろ子供の居る世帯が増えていますし子供そのものの数も増えているのです。最近になり合計特殊出生率が増えているのが原因しているのでしょうか。最近の子育ての問題が浮上している関係で、子をつくることが身近になったせいでしょうか。「保育園落ちた日本死ね」は話題になりましたが、そう言った議員さんの信用も落ちてしまい、とんでもない顛末になりましたが、こうした子育ての話題が社会的関心事として広がったことは、結果として子育ての安心に繋がるものだと思えます。

こうした子育てへの関心の高まりは初産の機会を高めるようです。最近の傾向は二人児童が居る世帯より一人の世帯が増えています。新たに生まれた子育て世帯の増加のように見えます。国民生活基礎調査でいう「児童」とは、18歳未満の未婚の者ですから一人の児童のいる世帯が際立って増えていることは初産の世帯が増えているということでもあり、期待が持てます。

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