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2018年1月31日 (水)

「電気か水素か」

自動車業界が喧しい。「ハイブリッドはもう終わりだ」「10年後は自動運転だ」「EVカーが自動車のメインになる」「車はシェアする時代に入った」「今後はバッテリー技術が世界を折檻する」「自動運転免許証が発行される」などといろいろな議論が渦巻く中で、実際はどうなるのかが気になってくる。

とはいえ簡単ではない、どうもエンジンからモーターに代わってくるのは確かなようで、10年もしないうちにガソリンが売れなくなるとするとアラブ諸国は大変だ。ロシアもアメリカだって大変だと思う。それでも電気は必要なのだから、原子力発電が継続される気配もあるが、石油の消費が減速すれば原油価格も低下するはずで、その分、ガソリン車が延命するようにも思う。何事も需要と供給のバランスで物事が動くのだが、実際にはどこまで進むのかがわからない。

二年前にノルウェーに行ったが、あちらの国は水力発電100%で海外にも電気を輸出しているという。石油も掘れるのだが電力は100%再生可能エネルギーだというから大したものだ。それもコストは非常に安価である。だから電気自動車を推奨していて、充電代金は無料、高速料金もフェリー代もただというから太っ腹。とにかく安い電気で自動車を動かせるのだから生活コストも減ってくる。税金を多額に納めているったってエネルギーコストが無料ならば多少の税負担が高くても許せるという判断になる。

そこでアラブも大規模な砂漠に太陽光発電や太陽熱発電を設備して電気を売れば良い。遠距離輸送も最近では技術開発で可能な方法が編み出されているし、持ち運べないならば水素に変えてタンク輸送すれば良い。電気は電気分解で水素と酸素が作れるのだから、水素を製造して運べれば水と反応させてピストンを回せば自動車は動くのである。水素エンジンで発電して電気で自動車を走らせる方法もある。

さては究極はバッテリー技術か水素エンジンの戦いになるのかもしれない。

2018年1月 6日 (土)

1月4日 朝日新聞の残念な報道

多摩ニュータウンを誤解させる主因として「誤解を招く報道」がある。その最たるものが2018年1月4日の朝日新聞の記名記事である。昨年末から始まった「平成とは」シリーズだが「この街で暮らし続けるために」と題して、記事の冒頭から多摩ニュータウンを取り上げている。そこは多摩ニュータウンの中でも最も高齢化している地区であることは確かなのだが、そこが都営団地であることは書いているものの、読者は公営住宅そのものの現象を理解していないで記事を読む。孤独死の発生を語り「限界集落は東京にもあるんだ」と登場人物に言わせるところはいかにも作為的。実は多摩ニュータウン開発初期に住宅困窮者を導き入れるために不便な地に大規模に建設した公営住宅の行き着くところだという政策ミスを単なる社会現象として、それもこれ見よがしに扱うことに憤りを感じる。

建設から45年も経てば住み続けていれば高齢化するし、家賃が極端に安いので高齢者は集まりやすい。たとえ若い世代が入っても所得が基準を越せば追い出されるのが公営住宅である。収入の増えない高齢者が集まってくるのは必然だし、最後には一人になるのも必然だ。こうした制度的に高齢者を寄せ集めているのだから特殊な例だという認識に立たなければ客観的な報道はできない。当該地区の中でも都営住宅100%の愛宕3丁目の居住者を2015年の国勢調査で確認すると高齢者が特化していることがわかる。それも後期高齢者の集中が極端で、単身者も多い。これだと孤独死は免れないのだが、それを多摩ニュータウンを語る切り口として用いられていることに義憤を感じる。いい加減で住宅政策の問題を正面切って報道するくらいな問題提起ができないのかと残念で仕方がない。センセーショナルな報道で終わらせてもらいたくないものだ。

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