2016年3月 5日 (土)

ちょっと息抜き:「団塊世代」というつぶやき

堺屋太一が名付けた「団塊世代」である。1935年生まれの彼は1947年から1949年生まれの団塊世代から見ると12年から14年先輩に当たる。また、団塊世代のトレンドを追っかけている評論家の三浦展は1958年生まれと団塊世代より9年から11年若い。1971年から1974年までの第二次ベビーブーム世代、団塊世代の1子達との中間にあるので「狭間世代」とも呼ばれるのだが、団塊世代に対しては比較的辛口の評価が承けている。

1963年生まれの重松清の小説「定年ゴジラ」が定年後の団地族を書いているが、1998年の作品で団塊世代ではなく一世代前の高齢者を描いているので団地に住み着いた初期のオジサンたちを描いたことになる。にわかに団塊世代の感性とは違うというのが私の判断。

私が1949年生まれの団塊最後の世代だ。小学校から大学に至るまでマンモス化した学校にひしめき合ってつめ込まれた世代だ。当人が渦中にいると考えも及ばなかったが、今思えば田舎の50人学級で小学校は6クラス、中学は12クラス、高校は13クラス、大学は私立ということもあつたので建築学科で180人いたように思う。まさにマンモスである。教師陣も大変だったのだと思う。小学校の教師の中には軍隊上がりがいて「厳しかった~」。殴る蹴るは当たり前のスパルタというか暴力教師で、それでもまかり通っていたのだから今思えばよほど人材がなかったのだと未だに覚えている。

まあ、そんな団塊世代のことを世代が前後する世代からの批評やネタ話は聴くのだが同世代からのメッセージは見かけない。自らが自らを語るなんてことは客観的ではないという謗りを受けるかもしれないが、いろいろと評価される団塊世代として「一言申し上げる」ことがあってもいいのかなと思うのが私の現在の心境。あまり赤裸々に語るよりは、1963年6月にリリースされて謳った舟木一夫の「高校3年生」や 1968年3月高石友也の「受験生ブルース」など団塊世代の記憶に残っている歌も多い。そんな世代を元気づけるメッセージを送るのは同世代しか無いかなと思うのである。厳しい評価ではなく、一緒に歌を謳う気分で綴る応援歌があってもいいのではないかと思うので、これからぼちぼちと書いていこうと思う。

そういえば新宿歌舞伎町に「ともしび」という歌声喫茶があったな~

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