2017年10月 8日 (日)

「イノベーションが多摩ニュータウンの未来を拓く」多摩ニュータウンには壁構造とラーメン構造とが合体したような階段型の住棟があります。それをりノベーションで改善する方法を考えます。

間口方向がラーメン構造で桁行方向が壁構造という初期のラーメン構造の住棟があります。南北の間口部を確保するためにラーメン構造で解いた構造ですが、現在の構造基準からすると適合しにくいものかもしれません。こうした建物については耐震診断をしっかりと行うことが必要になります。とはいえ、間取りの変更するリノベーションの提案については自由にできますし、ラーメン構造を取りいれていることから内部に壁や柱がありません。小梁は一本通っていますが間取りを造る為の大きな障害ではありません。現実にはリノベ済みの中古住宅が1450万円で売買されていますし、市場に流通しているのです。

すでに家族は一人か二人です。若くても年老いていても楽しく過ごしたい場所です。折角リノベするならゆとりある暮らしがしたいと思うのは人の常です。だから一つ一つが広く設えます。冷暖房だってまずは床、天井、壁を断熱材で包み、開口部は最低は真空入りのペアガラスです。キッチンはセンターキッチンでなければなりません。一人だって接客の時には楽しみたいですし、テレビ視ながらというのもあるのです。カウンターに料理を並べながら食べる楽しみを心に浮かべながらクッキングです。

浴室はコンパクトです。コンクリート壁に囲まれていますからいわゆる1116のユニットが入ります。ユニットの廻りにも断熱材が施されますので暖かです。日頃は殆どがシャワーですので浴槽は使いませんが、冬の寒い日の帰宅時には浴槽の暖かさは格別です。エアコンは帰宅時の前から遠隔操作でスイッチオンです。温かい部屋に迎えてくれる仕組みは一人暮らしにはありがたい装置です。おまけに浴槽も自動湯はりをしてくれます。家政婦ロボットは用意していないのですが環境はまさに家事代行を頼んでいるようです。当然、お掃除ロボットは部屋中を清掃してくれています。

clip_image001

clip_image003

2016年10月26日 (水)

50年後の多摩ニュータウン : 寿司屋といえば「回転寿司屋」なのか

田舎だけど香川県の多度津町の街中にあった「すずらん」の寿司屋で親父とカウンターで並んで食べた握りずし。上原や大森の寿司屋で友人と並んで食べた鮨。狛江の寿司屋の二階で事務所を構えていた時に、時々、寿司屋のカウンターで旬の食材に舌鼓を打った時、歌舞伎座から帰りの渋谷で寿司屋のカウンターに並んだ時、すべて目の前の鮨は回っていなかった。

でも学生時代に御茶ノ水駅前や新宿西口で食べた鮨は回っていたし、サンフランシスコの中華街で入った寿司屋も廻っていた。そして今では近所で行く寿司屋はほとんど廻っている。廻っていない寿司屋に行く機会が無くなったのかもしれないが、先だって金沢の近江市場に行って行列のできるすし店で、まさに長蛇の列に並んでちらしずしを食べた。ネタは種類が多いが料金もそれなりで、観光客相手の店なんだと納得。その流れで今話題の築地の寿司屋に今の内に行っておかなくてはと思うのだが、、、。

さて、多摩ニュータウンの寿司屋事情だが、団地の近隣センターにあった寿司屋が全滅状態だ。チェーン店の回転寿司屋が郊外にも駅前にも展開する中で競争に勝てないはずだ。特に接待で使える店でもない限り家族相手では回転寿司店に負けるはず。今や回転寿司も個別注文の時代。席についたら画面を視ながら注文する。寿司ネタの名前すら解らないと寿司屋に入れないなんて気遣いも必要ないし、値段もわかっているので安心して注文できる。家族連れで行くには安上がりな家族サービスである。

回転寿司では寿司ネタも様々に変化しているようで、深海魚や雑魚が混じっていることもあるようで、価格競争が一時期加熱していた。しかし最近ではネタも厳選され始め、一皿100円ではないネタも当たり前に売り出されている。100円ショツプに200円や300円のものが置かれるようになったのと同じで、安いばかりでは競争力に陰りが見えると、一斉に高価格帯の商品が出回るようになる。これもIoTの力かなと改めて思う。

とはいえ、回転寿司の良い面と悪い面を反省して、大衆化を図りつつもカウンターで板前さんとのやり取りをしつつ寿司を楽しむ店がある。規模は広いので客も多いから値段もそれほどではない。注文用紙に書いて頼むか向かいの板前さんに口頭で注文する。昔のように客にわからない符丁で値段を言うのではないので客も料金を把握している。そんな店にいくつか出会った。富山でも仙台でも町田でも、まさに寿司屋も様変わりで多様化しているようだある。世界の寿司文化に万歳だ。

2016年8月19日 (金)

50年後の日本「食料安保に関するリスク」

とうもろこしが美味しい季節だが、実はとうもろこしの98.7%はアメリカから輸入している。日本で食べているのは穀物のとうもろこしではなく野菜のスイートコーンだそうで、自給率は100%近い。だから夏のサイドメニューのとうもろこしは日本産ということになる。またスイカも日本産意外は見かけないが、いんげんはオマーン産がスーパーに並び、バナナは100%外国である。国内産の自給率で思いがけず少ないのは筍(たけのこ)で8%しか国内産が出回っていない。これは生の筍でなくシナチクや加工品が殆ど中国産であることから実質的な国内産の普及がないのだ。

また、あの醤油が国産ではないという。原料の大豆が100%輸入だから結果として国産にはならないというのだが、同様に納豆だって豆腐だって大豆をベースにしたものは結局海外ベースの食品ということになる。反対に、米は100%自給しているものの小麦は殆ど輸入である。その他、畜産に係る飼料や肥料なども輸入がほとんどであり、野菜類も根菜類を中心に海外依存が高いのが現実である。こうした食料安保に係る産業の外部化であるが、いつの間にか国際的に拡大しており、塩サバはノルウェイ産だし鮭はチリ産の養殖物が出回つている。それにワインやウィスキーは当然のように海外ものだし、最近では地産地消型のビールや日本酒だって海外生産のものが輸入されている。

こうして見てくると、私達の周りには世界のモノが確実に浸透しており、すでに海外のモノを除外する生活なんてありえない状況にまでなっている。これを、今更鎖国なんてことはできない実情を認識すると、こうした状況を如何に有効に活用していくかという認識に立つようになる。つまり今や世界は互いに相互補完しており、流通の中で世界経済がバランスを取っていることを認識して、広く交易がなされて相互支援が生まれていくことが基本になっていくのだと改めて認識するのだ。

世界での食料自給率は年々減少してきている。それは致し方無いという意味で受け入れるしか無いのかもしれないが、どこかで安全を失うと毒まんじゅうを食べてしまう危険もある。それを未然に防ぐには出来る限り世界が平和になり、各国との情報交換が多様に展開できる環境が整うことである。そうなれば相互の信頼が基本であることがさらに国際的な常識として広がるに違いない。

友人がハワイで高級寿司屋に入って食べたそうだが、ネタは殆ど日本からの輸入だったそうだ。食料もピンからキリまでグローバル経済に左右されているということだろう。もう鎖国は無理だなと思う。かの北朝鮮だって、日本はそっぽ向いているけど、いろいろな国との貿易をやっていて、お偉いさんの食卓には高級寿司も並んでいると思う。それがグローバル世界なんだよね。ちゃんと裏の世界もあるんですよ。

clip_image002

2016年7月 6日 (水)

多摩ニュータウンの外食を考える

多摩ニュータウンの建設業の知人から「飲みに行くのには地元は使わない」という話を聽いた。「何故?」と聴くと「若い連中は二次会の場がない」とのこと。だから府中とか町田に行くそうだ。つまり多摩ニュータウンには若者が好む飲み屋がないということになる。なんとも真実を語っていると思うので不甲斐ない話だなと思うとともに、多摩ニュータウンは品行方正の街なんだなと改めて思うのです。つまり「怪しい店」が無いという結論出し、怪しいところに出入りする若い連中を身近で遊ばせるには問題ありという判断かもしれない。親心といえばそうも言える。

まあ、そのくらい多摩ニュータウンの飲食店は限られているという判断はできそうだ。基本的に家族でも行ける店が多い。駅側の安い飲み屋でも家族で来る。PTAの集まりに飲み屋が選ばれて子連れで参加している母子の姿を観ることも多い。多摩ニュータウンは学生の街でもあるので、そうした若者が騒いでいる中に子連れもいて、そういう意味では健全な食堂というイメージでもある。

これが少し気取ってフランスレストランやイタリアンレストランとなると騒ぐことは少ないが、少し大人の雰囲気になり、ワインを手にして食を楽しむ大人たちが増える。昼間は女子会やママさん同士で食事を楽しむ風景も多く、女性中心の客層になる。男子同士での食事は少なく、レストラン系は女性の天下である。

男性の昼食はチェーン店の安価なとんかつ屋か松屋などで済ませ、夜は駅前の飲み屋になる。昼間からビールを出す店はそうした男どもの行きつけの店になり、賑わう。最近の飲み屋には壁に向かって並ぶカウンターが用意されていて、壁に向かって文庫本を持ってじっくりとつまみを口にしながらチビチビ焼酎をすする姿も目にするようになった。それに女性おひとりさまも加わって、少し賑わいを増してきたが、恐らくもっとおひとりさまが増えるはず。多摩ニュータウンの食堂風景も大きく替わるかもしれない。

最近の珈琲店。人通りに面してカウンターが並べられ、外を見ながら人待ち顔で時間を潰しているおひとりさまがいる。意外と女性が目につくが、アルコールではなくコーヒーを選んでいるのかもしれない。街に出ると確かに疲れるので、コーヒーで「一服」という乗りだが、タバコは吸わないので「一休み」というところか。そんな店が増えることを予測して新たなビジネス展開している飲食店経営者は、今後、多摩ニュータウンにどんな店を提供してくれるのか楽しみである。少なくとも多摩ニュータウンに人が増えている間は新しい外食の場が増えるに違いない。

2016年6月 4日 (土)

ちょっと目先を変えて、「安曇野・わさび田」。I do something new a little, and, "Azumino and Japanese horseradish rice field".

静岡の山葵は富士山の湧水を利用して栽培するが、安曇野の山葵は北アルプスの雪解け水を受けた犀川の合流地区で大規模に栽培されていた。犀川は長野市で千曲川に合流して名を変えて、さらに千曲川は新潟県に入ると信濃川と名を変えて日本海にそそぐが、日本で最も長い河川で、その流域面積も広い。

急峻な山岳地帯から冷たく澄んだ雪解け水を、ふもとの松本盆地に運び、広大なわさび田を形成した様は見事としか言いようがない。訪ねたのは「大王わさび農場」だが、水車あり遺跡ありで入場無料のテーマパークだった。

I do something new a little, and, "Azumino and Japanese horseradish rice field".

Japanese horseradish from Shizuoka was grown using spring water in Mt. Fuji, but Japanese horseradish from Azumino was grown on a large scale in the joining area in Sai-gawa where thaw water from North Alps was received. Sai-gawa joins Chikuma-gawa in Nagano-shi, and a name is changed, and when I enter Chikuma-gawa in Niigata-ken, moreover a name is changed with Shinano-gawa and it's turned on the Sea of Japan, but the catchment area is also wide at the longest river in Japan.

I can say that the state which carried the thaw water cold and clear from a steep mountain range to Matsumoto-bonchi in the base and formed a vast Japanese horseradish rice field is excellent. But a water mill had "great king Japanese horseradish farm", and visited one was a theme park of a free entrance with remains. (エキサイト翻訳より)

clip_image002

2016年5月20日 (金)

50年後の日本「農業と林業」

都市から農村に移住する人が増えている。私の知人にも都心居住から多摩ニュータウンを足がかりに長野県駒ヶ根市や群馬県みどり市に移り住んだ家族がいる。どちらも過疎化を防ぐために都市部からの移住を歓迎している地域ではあるが、次第に農林業の従事者は安定しているようだ。農業人口の推移も嘗てのような減少は見られず、新規就労者も流入してきている状況もあり、ようやく国内での農業や林業の役割も消費者と近くなっているように思う。というのは、道の駅などでの直販システムが消費者の目に届いているせいかもしれない。

農業が身近に感じられると、若い人の農業への興味も広がるというもの。地方の余剰農地は農業従事者の誘引要素でもあり耕作放棄地の再生にも繋がり、ひいては日本の食料安全保障にも貢献することになる。大都市の産業がアルバイト的な端末業務になりがちな事情から脱却するためにも、農業や林業を通じての地方ビジネスの可能性を体現する若者の力は欠かせないものである。特に農業や林業は基本的には個人ビジネスでそれを農協などが支える構図だったのだが、すでに農業法人などが育ち始め、大規模にビジネス化する知恵も生まれつつある。

小さな農地での小さな経営ではなく、小さな農地を統合することで合理的なビジネスを展開しようと言う動きが農地でも山林でも生まれている。こうした統括ビジネスを推進するのは若い世代である。日本の人口は50年後を見据えると三分の二に減少する。その時の食糧事情は今とは大きく変わっているはず。また、住宅などの建材としての林業も海外材の収奪ではなく国内産でまかなえることになれば最も経済的でもあるという流れになるはず。

戦後の日本は海外の資源を収奪して成長してきたように思う。それを私たちは自国での循環経済に方向を変えることと、これまで収奪した国々への支援として循環型経済の推進を伝搬するためにも新しいトレンドとして農林業の経済循環を推し進める努力が必要なのだと痛感する。50年後の日本は食料自給自足をかなり高い状況に導くことが日本の安定を得るための欠かせない方向だと思われるし、間違いなく可能な目標でもあるように思うのだ。

農業の就業者が減少する時代は終わった。むしろ国内農業が新しい農業へ方向転換する黎明期でもある。さあ、「農業と林業」の自立ある経済確立に向けて応援していこう。まずは国内産の農産物を買うことから始めよう。その為には季節を楽しむこと、露地物を愛することから始めよう。今はトマトやきゅうりが旬だし、サヤエンドウも国内産が出回っている。季節を感じて国内の農産物を物色するのも楽しい。身近のスーパーで国内産表示のものを選別することで農業を支えることができれば意外と自給自足は早く来るかもしれない。

clip_image001

2016年5月17日 (火)

50年後の日本「海洋大国」

最近は海底資源の発見が近隣諸国のスケベ根性を誘発しているが、それより何より海産物の「海洋大国」であることを実感したい。何はともあれ海岸線の長さは大きく、気候区分を超えて分布するという地理的条件を与えれば世界一になる海洋有利を備えている。

特に外洋を巡回する回遊魚の漁場は中国や台湾の漁業者に乱獲されていることもあり、日本だけではコントロールではない状況だ。これについては世界各国との協調路線で進めるしか無いが、近海の漁業や放流を中心とした栽培漁業については独自で積極的に展開していくことができそう。

それで「栽培漁業」をウィキペディアで検索すると多様な魚種が栽培漁業の対象となっているので驚き。そこには当然のようにイワシやサンマ、アジなどの回遊魚は入っていません。それにどれを覽ても美味しそうな寿司ネタなのだ。最高の寿司ネタを増やして国産市場をさらに広げてもらいたいもの。庶民の寿司ネタが近海物から遠洋物や深海物に写っているのはなんとも寂しい。「寿司は江戸前」とはいえなくても「寿司は近海物」でいきたい。

栽培漁業の対象となっている主な種類

アイナメ

アカアマダイ

アカウニ

アカガイ

アカハタ

アゲマキガイ

アサリ

イサキ

イシガキダイ

イシダイ

イセエビ

イワガキ

ウスメバル

ウバガイ

エゾアワビ

エゾバフンウニ

エゾボラ

オオニベ

オニオコゼ

カサゴ

ガザミ

キジハタ

キタムラサキウニ

キツネメバル

キュウセン

クエ

クマエビ

クマサルボウ

クルマエビ

クロアワビ

クロソイ

クロダイ

クロマグロ

ケガニ

コウライエビ

サザエ

サラサバテイ

サワラ

シマアジ

シマイシガニ

シラヒゲウニ

シロクラベラ

スジアラ

スズキ

ズワイガニ

タイワンガザミ

タケノコメバル

ダンベイキサゴ

チョウセンハマグリ

トゲノコギリガザミ

トコブシ

トラフグ

ニシン

バイ

バカガイ

ハタハタ

ハナサキガニ

バフンウニ

ハマグリ

ハマフエフキ

ヒオウギ

ヒメジャコ

ヒラメ

フクトコブシ

ホシガレイ

ホタテガイ

ホッカイエビ

マガレイ

マダイ

マダカアワビ

マダコ

マダラ

マツカワ

マナマコ

マハタ

ミルクイ

ムラサキウニ

ムラソイ

メイタガレイ

メガイアワビ

メバル

モクズガニ

ヤコウガイ

ヨシエビ

2016年5月14日 (土)

ちょっと息抜き:単身高齢者、特に男を考える

私の周りで、最近「奥さんを亡くしてから外へ出なくなったんですよ」という噂を聞いた。一寸心配。「奥さんなくしてから陽気になった」という人もいる。笑顔で挨拶する。「エエッあの人が」という驚きに合う。両極端だし、おふたりともよく知っている人なので豹変した心の変化の原因が想像できない。一人は心の支えを亡くして「鬱」になったし、もう一人は「躁」になった。そしてそれは60代に入った同世代の男である。

連れ合いを亡くすとどう変わるかは興味深い。大体「鬱」になるのは想像しやすいが「躁」は掴めない。女性の場合は「亭主がいなくなると元気になる」そうだから同様な開放感が会ったのかもしれないと思って納得している。私の周りには、亭主を亡くして元気になっている女性が多い。コーポラティブ住宅の管理人をしている関係で、こうした元気女性が人生を謳歌している。同様な境遇の女同士が仲良く出かけるシーンに度々遭遇する。亭主だと昔の女性は上下関係やなんやらで対等に楽しめないのかもしれない。それが女同士だと確かに元気だしウキウキしている。

50代の男性から「妻が出て行った」という話を最近聞いた。彼はそもそも外交的で何でも顔を出す外交的な人として知れ渡っていたが、「他人夫婦のようだ」と捨て台詞で家を出たという。その彼はそれから益々外交的で近所の飲み屋がリビングになったようだ。単身という暗いイメージはない。もともと単身生活を謳歌している人もいる。「ポルシェのメガネが欲しくて・・・」と自慢のファッションで身を固める70代。「妻は亡くなったが畑仕事が好きになった」70代。40代後半で単身住まいのトレーダーもいる。

家族と一緒に住むシングルは別にして一人で住んでいるシングルを考えてみよう。私には連れ合いがいるのでここのところが想像しにくい。本当の意味でシングルの辛さ苦しさは味わっていないし、恐らく私のほうが先に行くのだと思うと、あまり想像力も働かない。ただ孤立して「鬱」になる高齢者がいるとすれば何かしら方法はないかと思ってしまう。「余計なお世話」と言われそうだが暮らしのうるおいが求められているような気がする。

私が出来ることと考えると、みんなで「食」を楽しむこと。もちろん飲み屋も良いのだが経済的に続くものではないし、みんなで共有するリビングがあればいい。男女を問わず集える場。食事を作って楽しめるリビング・ダイニングの共有の空間だ。「プライベート・リビング・ダイニング」という所。気心の知れた仲間が集まる場所が新しい家族の姿なのかもしれない。最初は盛り上がっても次第に元気がなくなるってケースもあるから最初から気張って造ることもないが、小さな赤ちょうちん的な場があれば憩えるのかなと思ったりしている。

2016年5月10日 (火)

50年後の日本「海洋牧場」

「肉がダメなら魚がある」というのが日本の意地。だいたい寿司や天ぷらは日本の食材を使った料理。特に寿司は江戸前が基本。だからそれには魚が欠かせない。Yahoo!の知恵袋をぐぐってみると、屋台が発症の江戸前寿司は生物ではないのが基本のようで、、、

焼物:玉子、アナゴ、

煮物:アカガイ、イカ、シャコ、タコ、トリガイ

酢〆:アジ、コダイ、コハダ

ヅケ:マグロ

なるほどと思うのと、マグロも湾内に回遊していたのかと知ると、寿司にマグロがつきものだという認識も新たになった。

最近、近大マグロが完全養殖ができるようになったと聴き、専門家に聞いてみたが、餌の回収率が非常に悪くてコスト高というか環境汚染甚だしい養殖技術だそうだ。どうも自然の生態系のようにはうまく行かないとのこと。それならば江戸前のマグロを自然養殖してみてはいかがかと東京湾を閉鎖して「海洋牧場」にするというアイディアはいかが。太平洋への出口にマグロが嫌いな音波を流して、外界に出ないように工夫て、東京湾内で生息できる環境を創る。そうして湾内で完全養殖ができるというのは馬鹿げた想像なんだろうか。

マグロのいけす養殖ではマグロ同士がぶつかり合ってストレスを感じたり傷がついたりする。そうなると商品になる前に死んだりするのでなんとかしたいという話はよく聴く。それならばというので「東京湾海洋牧場」を提案したい。どこかの小さい湾で実験するより思い切って東京湾ほどの大都会の真ん中で栽培着業をするというのはありだと思う。消費地が近くてビジネスになりやすいし、その目的のためには汚染物質は絶対に流さないという約束が出来る。もし近隣のコンビナートからマグロに有害なものを垂れ流して被害を与えると膨大な損害賠償が発生するとなると企業側も気をつけることになる。

時代は「水に流す」なんて価値観はすでになく、「水を流す」ならば許される社会になり、環境汚染は重罪という規律が生まれる。生物の多様性などの話ではなく人間の基本的な生存条件である「食」の基本になるものであることから、日本国民もその環境を保護するように動くはず。東京が千葉が神奈川が水産漁業の中心地となるのも夢ではないかもしれない。

2016年4月28日 (木)

リクエストに応えて「50年後の日本の食卓」

ブログ読者からのリクエストがありました。表題の「50年後の日本の食卓」ですが、その前に「50年前の日本の食卓」について思い出して見ます。私は17歳の高校3年ですが、姉が短大の栄養士研修で料理を習っていた関係で、生まれて初めて自家製のミートソースを食した記憶があります。使い古した鉄製のフライパンでひき肉をベースとしたケチャップやトマトを煮ていた記憶があります。未だに茹で上がった太めのスパケッティに乗ったひき肉のつぶつぶが印象に残ります。香川県、多度津町での日常生活ですからイタリア料理店もフランス料理店もなかったと思います。それが自宅で味わえるのです。そもそもスパケッティは食べていてもお子様ランチに添えられていたケチャップで会えたナポリタンでしょうか。

さて50年後の「今の食卓」です。現在のミートソース。恐らくどこの家庭でもひき肉をベースにトマトやケチャップなどと煮込んで作る家庭は殆どないのだと思います。恐らくレトルト食品が普及していて、ミートソースやカルボナーラなど手間のかかる料理は簡単レシピに様変わりだと思います。働く女性が増えているという関係もあり、家庭では簡単料理が流行です。それに栄養バランスを考えると野菜サラダやスープも欲しいところ。やはり家族事情や社会事情に食卓の様子も大きく影響されるのだと思います。

そこで「50年後の食卓」ですが、人口減少と共に子育ての社会化、国民全員の社会参加や就労のフラット化が進み、家庭での食卓はよりコンパクトになり、日本の場合はむしろ外食化が進んでいくことになると思います。女性の社会進出が進んでいる北欧諸国の事情ではむしろ家庭同士が結束する食卓、つまり複数の家庭が共食するスタイルが普及しています。コレクティブ住宅や家庭同士が週末を過ごす生活習慣です。これについては日本では広がらないと思うので、外食主導かなと思うのですが、単身世帯も増えていきます。その時、孤立した人が寄り添う食卓の形が問われてくるでしょう。ただ、各家族の食卓はさらにレトルト化しそうですが、品数だけは揃うのでしょうか。亡くなっていしまった建築家の宮脇檀さんがシングルファザーだった頃に、娘さんのために一汁三菜を守ったという自慢話がありますが、一汁三菜は「守る」べき目標であって、心がゆるめばそれも守れないということにもなります。50年後の家庭があるならば、世界の無形遺産でもある日本の食卓文化を遺産ではなくトレンドで続けていってもらいたいものです。

2017年11月
      1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30    

最近のトラックバック

無料ブログはココログ