2016年11月 1日 (火)

50年後の多摩ニュータウン : 「高雄市のレンタサイクル」

今、世界を旅行すると至る所でレンタサイクルに出会う。観光地がメインになるが多摩ニュータウンあたりにもレンタサイクルがあっても良いようにも思うのだが、実はない。横浜市にはコミュニティサイクルbaybike がある。http://docomo-cycle.jp/yokohama/電動アシスト自転車なので、坂道も余裕で登れる。多摩ニュータウンも横浜市も多摩丘陵の同じ地形の中にある。だから坂道も多い。それで電動アシスト自転車になる。

世界のレンタル自転車で電動アシストは珍しいのかなと思えるのだが、どうもレンタサイクルには盗難や放置があるようで、コストを考えると電動自転車はコストアップ。むしろ観光資源の有効活用にと広く税金を投入しても良いのかもしれない。そこが観光地の強みで、レンタサイクルのみで事業採算性を考えなくてもいいという判断だ。とはいえ本来は公共交通の一つとしてレンタサイクルを捉えるというのが主流ではないだろうか。

多摩ニュータウンには駅に隣接して管理人のいる自転車置場が併設されている。そこにレンタサイクルを用意しておけば良い。観光地とは言えないので路上で自由に乗るのではなく、あくまでもバス便の代わりに利用するという考え方で、駅横に電動自転車があれば友人宅を訪問するときに役に立つ。あるいは多摩ニュータウンを営業するのにも有効だ。というのもバス路線は限られているし本数も少ない。だから自転車が有利。そんな隙間を電動レンタサイクルが機能するのだ。

貸出に際してはカード決済が楽だろう。盗難や放置自転車対策にも役立つのでおすすめだ。今年の6月にフィンランドのヘルシンキに行ったとき、湊に置いてあったレンタサイクルはカード決済だったように記憶している。北欧では殆ど現金は使用しなくなっているようで、スーパーでも現金は特別扱いの精算方法を採用している。つまり面倒なのだ。レジを管理する者に現金を触れさせないで清算する仕組みが導入されていてカード決済を促している。

時代はまさにIoTの時代。大量に情報が行き交う中で安心と安全が保たれる時代になっているのだと思う。特に島国の日本ではクレジットカードなどの安全性も高いのではないかと思う。そうなればカード決済も普及するし、レンタサイクルの普及も進むのではないだろうか。その内、駅に隣接する自転車置き場に人はいてもカード決済ならばリスクも少なくなるはず。早くシステムとして開発してもらいたいものである。

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2016年8月11日 (木)

ちょっと息抜き:「ポケモンGO」

「社会現象」と言ってしまえばそれっきりかもしれないが、世界で流行っているゲームってそれほどない。「ポケモンGO」が日本でも解禁され、週末の公園や商業拠点にスマホに目を奪われた人々があふれる光景がここかしこに視られたが、ようやく落ち着いてきたのか初期の程ではなくなったという印象がある。ゲームの内容は多くの解説があるので省略するが、私のところでも30歳を遠に過ぎた息子が早速、ダウンロードして公園を散策中にキャラクターを画面上で手にして喜んでいた。まあ、それに打ち込んでいくことは、嘗てのポケモンカードを集めた世代がバーチャル世界に飛び込んだと同様にゲーム感覚でキャラクター集めを始めるのだと思う。

私の世代、あるいは私にとってみればゲームとは麻雀やパチンコ、花札やトランプという認識が強い。インベーダーゲームが流行っていた頃は貧乏学生だったのでとてもゲームに資金を費やすことが出来ず、投資しても戻ってくる可能性のある麻雀やパチンコに熱中したものだ。しかし、それも「非生産性」のゲームだと自己判断して止めた。そう、人生に対して「生産性」を課し始めた時期がある。ゲームをするにも「脳の刺激や訓練」を目的とすることにした。その為には単なる時間の消費ではないゲーム。生産的なゲームが尊ばれることとした。そしてそのゲームは時に「知恵の輪」に熱中し、さらに私にとって最も難しいのがルービックキューブだった。未だに溶けていない。もうすでに下火になっているが当時はどこに行ってもルービックキューブを手にした若者がいた。テレビでもゲームの競争が放映されていたほどだ。

知恵の輪を始めると、まずはじっくり眺める。動かし方の原理原則を認識してやおらチャレンジし始めるのだが、最初は手になじませるように動きを、ルールを少しずつ脳に染み込ませていく。何度か繰り返している内に幾つかの解法が見えてきて、その解法を繋いでいくことをしてみる。そのヒントを少しずつ膨らませて、いつの間にか溶ける。「解ける」のではなく脳が「溶ける」ようにして知恵の輪が外れるのだ。

これは脳の訓練だと思っている。職能としての建築のデザインをしている時も同様で、脳の中で幾つかの可能性を模索しつつ、悶々とした後のあるときにひらめくことになる。必ず悶々とした世界から開放されることになる。それが建築デザインの妙味であり、実は知恵の輪の解けた感動に似ている。実は「ポケモンGO」にはそれがないと思う。蒐集家が珍しいものを集めるというのがポケモンの世界。昆虫採集や切手集めの世界でもある。それには興味が無い。あくまでも脳の訓練を、あるいは脳の刺激を求めている。

2016年3月21日 (月)

ちょっと息抜き:進化のスピード体感

リコーのワープロを使い始めたのが30歳代中頃。報告書を書くのに手書き原稿をタイプ屋さんに依頼していたのだが、その仕事も無くなり、タイプ屋さんは「ヤクルトおばさん」に転身していた。同時に1981年からPC-8800をアンケート処理などで使い始めて、まもなくエプソン機とマックを導入して、パソコンでワープロを兼用するようになる。一太郎時代の到来である。しかし未だにひらがな入力が治らないのはひらがな入力で始めたリコーワープロの影響だ。遊び半分に1982年11月にシャープから家庭用ともいえるMZ-700が発売されて早速手に入れたが殆ど使えないで終わった。

それから33年ほどが経過して、事務作業は進化した。当時、建築積算では手計算が主だった。紙ベースで見積もりを作っていく作業は「検算の繰り返し」だった。今思えば徒労の毎日で、その紙資料も膨大になった。直接積算業務に従事したわけではないが、その成果品をベースに修正するときなど大変な作業が待っていた。今では部分的に修正しても自動的に全体修正が可能で、自動計算の技術も優れている。その間、MS-DOSの主力計算ソフトのLotus 1-2-3を使い、OSが変わってからエクセルが世界を折檻している。今ではマイクロソフトのオフィスが台頭しているが、時代の流れでそれを真似るソフトも登場して、ソフト業界は大転換の時代に突入しているようだ。むしろソフトが無料になり、別のビジネスで利益を得ていく仕組みが次第に工夫されていると思う。

パソコンの性能も、当時はハードディスクが40メガベースだったように思うが、今は1TB(テラビット)が当たり前。メガは百万、テラは1兆である。それだけではない。スピードも扱う情報量も比較にならない。それが数万円で買える。それに情報通信の進化が拍車を掛ける。それが新しいビジネスとしてハードの世界を超えている。もうすでに自宅ではハードディスクは持たない時代。「クラウド」で共有する時代になっている。次第についていけない時代に入っていると思われるが、若い世代のサポートをいただきながらなんとかついていっているつもりだ。

最近主流の持ち運び用のタブレット。Macのタブレットが普及したのに続いてウィンドウズ版も大量に供給され、最近ではこれも飽和状態になっているというニュースを聴く。私の半生の中でもこれほどめまぐるしく進化する電子機器の動きは信じられないものだ。このまま進むと50年後、100年後はどうなっているのだろう。建築の寿命が100年や200年というなかでこうした情報社会と建築がどのようにマッチングしていくのか、気になるところである。人類の進化のスピードは想定外である。

2013年1月16日 (水)

『ニュータウン再生』と『ニュータウンの未来』をアマゾンからキンドル版で販売しはじめた。

紙の本での再販に限界を感じていたのだが、いよいよ日本もデジタル出版の時代を迎えた。そうアマゾンが日本での電子出版を始めたのだ。まだまだ日本の業界との鬩ぎ合いがあるようだが、世界に即座に公開されるという環境は画期的だ。だから表題の二冊はとりあえずネットで買えるようになった。価格は『ニュータウン再生』が300円、『ニュータウンの未来』が99円という価格にした。紙媒体での販売は税抜きで1500円の設定ではあるが、現在販売していないので紙媒体への影響もないし、頒布する目的からすると気軽に情報として読める方がいい。特にデータそのものは2005年と2007年の本ということで見劣りするので、適当な値段かなと思っている。なお『ニュータウンの未来』はPDF版の公開をしているので、その方がいい人はそれでいい。

待ちに待ったアマゾンのデジタル出版である。時代は紙媒体からCDやDVDなどの媒体に変わって電子出版という流れになった。そして、それがネット出版に替わったという流れである。音楽の場合もレコードの時代からCDやMDの時代を経て、今ではネット販売の時代に入っている。価格も数百円という低価格で音楽が身近になった。だから嘗てのレコードショップは消えて、レンタルCD屋も次第に消えていく運命にある。時代は変わるし技術は進歩する。さらに快適に容易に音楽もそして映像も身近なものになってくる。そして出版も同様である。

今、嘗てのウォークマンは誰も持っていない。殆どが小さなMP3プレーヤーによって音楽を楽しんでいる。携帯電話やスマートフォンなどと一体の機種も多く、イヤホーンにも技術開発が重ねられ、音質の良い、しかも周辺の雑音が消されるような製品もあり、益々音楽環境を身近にさせる仕組みが生まれている。だから、音楽ビジネスは大きく展開していて、世界の音楽が今パーソナルな生活の場に入り込んでいる。

いずれ出版の社会も大きく変化する。音楽と同様、ようやく紙ではない、CDではないネット版の媒体が出始めてきた。そして、その可能性は大きい。たとえば本につきものの図版である。印刷費の節約からカラーでの添付は難しかった。しかし、デジタル版ではカラーが当たり前になる。中には動画が組み込まれることもあるだろうし、インターネットに飛んで聴取することもできる。まだまだバッテリーの持ちの悪さが携帯性を制限しているが、画面表示などの省電力化が進めば、長時間カラーで利用することが可能になる。現在、キンドルの白黒で8週間電池が持つ。しかし、カラー版では9時間である。まだまだ開発の余地のあるジャンルであるので、日進月歩の進歩が楽しみでもある。

こうしたネット出版の可能性はもっと広がる。たとえば『ニュータウン再生』を英語版や中国語版、スペイン語版にすれば世界市場は拡大する。日本のニュータウンというオリエンタルでエキゾチックな響きのある日本のニュータウンを垣間見たい願望はあるはず。それが格安の情報だと解れば世界のユーザーはとんでもない数になる。最近は自動翻訳も性能が良くなった。だから機械的に翻訳したものをよく理解った専門家が修正すれば意外と簡単に翻訳ができる。そして世界への販売も可能である。ネット出版の可能性。大いに推進すべきである。

2013年1月 3日 (木)

多摩ニュータウン:地方分権という考え方

オランダが1千6百万余り、デンマークが5百万余り、スウェーデンが9百万余り、ベルギーが1千万余り、そしてこうした国々に沿っているルクセンブルグが50万人足らずの国である。国境は有っても土地は繋がっているのがヨーロッパの都市の出で立ちであり、歴史の中で積み重ねられた規模で存立している。

オランダでは、1980年代前半のオランダ病と呼ばれた大不況を克服するため、オランダ・モデルと呼ばれるワークシェアリングが進んでいる。日本での工業生産が減少して、海外に工場移転を移してきた中で国内での労働市場は逼迫している。現実にはかつての繊維産業のように衰退する産業として労働力の余剰は増えるのだから、今のうちに手を打つ必要がある。こうした経済環境に労働者が集約している多摩ニュータウンも同様な位置にある。

新卒者の就業チャンスが失われていくという流れは、少子化で新卒者が減ったとは言え、それ以上の求人が減っていくことである。既存の就労者のリストラも、中小企業に引き続き、大企業でも続いている。多摩ニュータウンはベッドタウンとしてこうした企業戦士を支えてきた都市でもある。それの屋台骨が揺らいでいるのだ。

失業率を国全体で見ると、まだまだ低い水準をキープしているものの、身近な子息たちの就職前線は厳しい。確かにネット情報過多の中で、大企業に偏った就職活動で就業チャンスを逸している状況もあるが、これまでの製造業中心の労働市場は一変して、身近なサービス産業を中心とした労働市場に変化していることは明らかである。高齢者介護や生活支援サービスを始め、小売業も小規模多品種販売で分散型の顧客を掴むインターネット販売や、生産者と消費者を直接結ぶマッチングビジネスなど、ビジネスの形も変容してきている。

従って、就労の形も職場に人が集まる仕組みではなく、在宅でもあるいは外出先でもネットワークで結ばれた就業の仕組みが確立されてくるはずである。だから多摩ニュータウンにいながら、世界とビジネスするということも可能になる。例えば、「江戸風鈴を世界に売るビジネス」が有ってもいい。あの音色は世界でも評判になるに違いない。だから、生産者と消費者を結びつけるネットワークさえ確立できれば大きなビジネスになる。

実際の私の生活にも、ネットビジネスはありがたい。定期的に創る料理のサムゲタン用に高麗人蔘を使うのだが、その在庫が無くなった。またソウルに行って買うことも、大久保に行って探してみようかとも考えたが、ネットを探ればアマゾンでも楽天でも同じ物が出に入る。そこに発生するビジネスは通信ビジネスであるし、物を送る輸送ビジネス、そして生産者としての高麗人蔘農家と乾燥加工販売する業者はビジネス拡大に繋がるのである。

日本の産業は変わる。そしてその産業の出発点は生産者がベースになければならないし、いいものが、欲しい物がそこにある地域産業でもある。その時に多摩ニュータウンには優秀な労働者がいる。有能な人々がいる。そして有能な人々を育てる環境がある。その資産を生かしたビジネスが地域の産業を支え、労働市場を支えることになる。みんなで考えて新たな産業を生み出し、就労に苦労しない多摩ニュータウン地域を創りたい。

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2012年9月23日 (日)

安気な住まい:団塊世代、男性編、今後の人生設計はどうする-5

男1人で生涯を終えるという生き方も良いかもしれない。その場合には擬似家族を作ることをお勧めする。世間では男おひとりさまは何かと疎まれる。若い内はいいのだが、60歳も超えてくると何かと厳しい見方も出てきて、気むずかしくも不潔にも思われることが多くなるといささか自信を失う。

というのも男60にもなると、そろそろ加齢臭や脂ぎった汗などの体臭が気になり始める。その為には清潔にすることが何よりの習慣になる。しかし、誰かに見られているとか、相手が気になるコミュニティがないと、それができない。家族がいたり会社でいる内は社内の雰囲気で自らを改められたが、退職すると判らない。「男やもめに蛆がわく」という表現も当たらずしも遠からずだが、妻が早く逝くと大概の男はそうなる。

一方、ずっとシングルの男性は意外と自覚があり性格も静かだ。時には激しすぎて家族を造らない男もいるが、たぶん早々と犯罪を犯して監獄に入ることになるので、比較的おとなしい男が残る。シングルといっても結婚しないで親と同居というのは本来のシングルではない。こうしたシングルは一人住まいでないから、集まって住むなどの必要はない。ここではとりあえず、今一人住まいの男シングルを考えてみる。

そうすると比較的目立たたないタイプが多いが、大体が我儘な性格が根に隠れている。「結婚したがすぐに離婚」タイプのシングルが意外に多い。若い時に女性と付き合ったが、どうも盛り上がらないので自然とわかれたとか、なんだか面倒が先にたってしまうなど、1人でいる価値を放棄できないタイプもいる。

こうした男シングルが始末が悪い。だからといって男性好みならば、それはそれでカップルになれるのだが、なんだか倫理観というのか、ガードが硬いのか、ハードルを超えられないのか、おっかなびっくりで付き合う相手を選ぶことになる。だから意外と深い関係は得られない。表面的には付き合えるが、親族にはなれないという関係がフランクに存在しているのが居心地がいいようだ。

そこで、こうした男シングルには「地域に開かれた工房型コミュニティ」を提案したい。工房は地域に開かれている。その工房を男シングルの入居者が囲む。工房の種類は単独のメニューでもいいし、複数の工房がまとまっていても良い。たとえばパソコンの得意な人の工房と自転車好きの工房、それに釣り好きの工房も多様な工房が揃っていて良い。その工房が地域に開いている。工房の運営は居住者が担い。地域からのニーズに応える。たとえばパソコンの教室をホールで開催する。釣りのイベントを終末に企画する。自転車で遠乗りを楽しむなど、工房の主催者が企画して地域とのコミュニケーションを図ることの出来る住まいがある。それがコレクティブ工房住宅としての体をなす。

一つの趣味で集まるのではない。個々の多様な趣味が同居できる場を創る。それに因って相乗効果が生まれる。パソコンと自転車が結びついて、GPSで自転車のイベントを仕掛けることが出来るかもしれない。渓流釣りの安全管理をGPSで対応する。想像できないアイディアが多様な可能性を高める可能性がある。男の趣味にはカネもかかるし体力の変化でも志向が変わる。ゴルフが趣味だったが、ダイビングが好きになるとか、車が好きだったがバイクに替わるとか、こうした変化にも柔軟に対応できる工房付きコーポラティブ住宅を提案したい。どう???

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