2016年3月19日 (土)

ちょっと目先を変えて、「古式ゆかしき」。An ancient rite does something new, and "is slightly admirable".

宮島の社殿では厳かに結婚の儀が催されていた。数年前に訪ねた日光の東照宮でも白無垢の和装に身を纏った神前結婚式を垣間見たが、厳島神社でも同様に結婚式が行われていた。多くの観光客が遠方から様子を観ていて、まさに観光地として最高のショーが繰り広げられているのが印象的だった。社殿には雅楽が奏でられ、あたり一体は音楽に包まれて日本の伝統を改めて感じた。一時期の結婚式場での結婚というトレンドが伝統的な神社での結婚式に戻りつつあるのかと思うのだが、全てではないにしろ多様化が進んでいることは確かで、日本文化が改めて活用されていることが嬉しくも思った次第である。

私の体験でも神社での結婚式は、兄の結婚式が最後で、丸亀市の山北八幡宮で結婚式を終えて披露宴は市民会館に場所を変えて行ったように記憶している。もう50年程前の話だから時代は大きく違っていたので、当時の正統派がどのような結婚式を挙げていたかは定かではないが、時代は半世紀で戻ってくるのかもしれない。

An ancient rite does something new, and "is slightly admirable".

A ceremony of marriage was held solemnly at a main hall of the shrine in Miyajima. I peeped at a wedding before the altar which also fits a body on dressing in kimono of a white kimono at Tosho-gu in Nikko at which I visited several years ago, Itsukushima-jinja, like, a wedding was performed. Many tourists were seeing how things are from a distant place, and it was striking that the best show is developed as a tourist spot surely. Court music of Japan was played in a main hall of the shrine and the vicinity unity was wrapped in music, and Japanese tradition was felt once more. I think a trend as marriage at a wedding hall in a time is returning to a wedding at a traditional shrine, it's certain that diversification is developed even if it isn't everything, and it's also the order of which I thought that Japanese culture is utilized once more happily.

A wedding at a shrine remembers my experience as elder brother's wedding was the end and a wedding reception finished a wedding in Yamakita-hachiman-gu in Marugame-shi, and adjourned to a civic hall and went. Because it was talk before about other 50 years, the time was big and different, so it isn't certain what kind of wedding ceremony an orthodox school in those days held, but it may be the one by which the time returns in half a century. (エキサイト翻訳より)

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2016年2月23日 (火)

50年前の日本「新三種の神器・3C」

最初の「三種の神器」は1957年で「白黒テレビ・洗濯機・冷蔵庫」の家電3品目だったが、それから10年後の1967年「新三種の神器」は「クーラー・カラーテレビ・カー」の「3C」がテーマになった。当時のクーラーはパッケージ式で窓にダイレクトに吹き出し口とヒートポンプ部分が合体したタイプで、結構うるさくて閉口した記憶がある。職場の設計事務所にあってうるさいのだが涼しさには勝てず、結構遅くまで仕事をした覚えがある。セパレートタイプが普及し始めたのが10年後くらいかもしれない。当時の自宅のアパートにはとてもじゃないが手が出なかった。幼子のために扇風機をやっと買った覚えがある。当時7,500円程だったように記憶している。

テレビもそうだ。貰い物の白黒テレビが壁に掛けていて、カラーテレビなんてとても手が出ない。アンテナも室内アンテナなので写りが悪い時には向きを変えることが日常のテレビ受像でテクニックを要した記憶がある。もちろんブラウン管テレビである。それから数年経ってカラーテレビは知人から頂いたと記憶している。届けてくれたシーンを記憶している。

「カー」についてもかなり後になった記憶がある。私自身が免許を持っていなかったので興味もなかったこともあるのだが、大学1年の時に友人の家にホンダ360があったので、それに同乗して車を体験した。当時、私の住んでいた下宿に出入りしていた学生がトヨタ2000GTに乗っていて「東京はすげー」って別世界を感じた覚えがある。

そんなこんなで新三種の神器は普及したのだが、クーラーはエアコンとして冷暖房の両用が普通になり、販売戦略は省エネを競うようになった。またカラーテレビはデジタルテレビになり、液晶薄型など数センチの大画面が当たり前になった。そもそも映像文化そのものがテレビにより大きく変化した。そして自動車である。ハイブリッドから電気自動車までエネルギーコストを低減する仕組みだけではなく排気ガスも極めて少なくなった。しかし、地球全体で自動車の保有台数が増加していて、文明の利器として限界に達している。

そして50年後を意識する。新三種の神器以降、平成に入って「未来の三種の神器」はパソコン、携帯電話とカーナビを言うという説もあるが、50年後の「未来の三種の神器」は「ゼロエネ住宅」「家庭用ロボット」「自動運転付き電気自動車」といったところでしょうか。

2013年2月11日 (月)

旅の話:なぜタワーの周りに鍵が集まるのか

ソウルタワーの廻りにも鍵鍵鍵だった。同じ様にプサンタワーの廻りにも鍵鍵鍵。まあ韓国流のパワースポットらしい。風水で言えば「穴」として龍脈の湧き出る所なので、ご利益があるという所だ。鍵に名前を書き、フェンスに取り付ける。鍵を相互で持ち合っていれば、どちらかが外すまで取れないという寸法だ。公園を管理している側もよく解っているので放任しているというより、それを煽っているように記念の撮影用の椅子まで用意している。「どうぞここに腰掛けてラブラブ写真を」というサービスは徹底している。タワーに登ると、そこにもタイル張りのラブラブパネルがあった。近くの売店にはラブラブタイルが置いていて、写真付きでもOKとラブラブを助長する。

ふと日本でもあっかなと考えてみるが、思い当たるフシがない。そこでウィキペディアで調べてみた。「愛の南京錠」がヒットして、そこには(以下引用)――愛の南京錠(Love padlocks)とは恋人たちが永遠の愛の象徴として南京錠をフェンスや門扉、橋などの公共設備にかける儀式であり、その対象となる場所は世界中で増え続けている――とある。パリでもローマでも歴史ある「愛の南京錠」が行われていたという解説。詳細が見えてくると一寸面白い。紹介されている写真は、まずはソウルタワーが1番で、2番めにセルビアのヴラニスカ・バニャにある「愛の橋」ことモスト・リュバヴィだ。そして日本のものも紹介されている。フェンスにかけられた無数の南京錠として湘南平のテレビ塔があり、――神戸のビーナスブリッジでは手すりに南京錠が付けられることを防ぐため、専用のモニュメント「愛の鍵モニュメント」を設置した――とある。

改めてプサンタワーの南京錠をみてみると、やはり施設側が積極的に売り物にしようとしているようにみえる。次第に脇にあるネットフェンスから正面の手すりに南京錠が移動していて、今後、管理者側がどうするのかが気になる所。ソウルタワーでは、南京錠を投げないような注意書きが書かれているようだが、ここではネットフェンスに限定するようにと御触れが出るのかもしれない。そうなるとみんな守るのかな?守らないだろうな???

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2012年11月27日 (火)

旅の話:じゃばら式廊下???

ロンドンの一画に写真の建物があった。どうも二つの建物を結んでいる階段状の廊下のようで構造的にどのように支えているのかは判らない。とにかく二つの建物を結んでいる通路のようだ。不思議なデザインなので思わずカメラを撮ったが、未だに謎のデザイン。

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建築に興味を持っていなくても、こうした訳の分からないデザインに出会うと思わずカメラを向けてしまうだろう。建築のデザインをする時には、何だかんだと理屈をつけてデザインするのが常套手段。だから、建築家としての行為として認めないわけではないが、デザインの理屈から推察すると「建物と建物の間を繋いでいる」のだから、建物の揺れに対してエキスパンション機能を蛇腹で逃しているという説明にもなりそうだ。実際にはそうでなくても、デザイン的に意識的に相互に揺れている建物同士を柔軟に結びつけるという機能がデザインに隠されているという説明もつく。しかし、良く判らない。あまりにも機能的に見えるが、多分全く機能的ではないはずで、見せかけの機能的デザインのだと判断する。つまり「屁理屈」か???

どうも考えても結論が出そうもないので思考は停止するが、摩訶不思議なデザインであることは確か。オーソドックスなデザインが主流のロンドンで出会う不可思議が、どうも心に残っていて、喉の奥に魚の骨が引っかかっているような気持ちの悪い、解けない部類の後味を残している。この時のロンドンは2006年4月。すでに6年が過ぎているが、未だに尾を引いているように思う。

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