2017年10月27日 (金)

「イノベーションが多摩ニュータウンの未来を拓く」コミュニティ・ビジネスの提案を若い学生に期待する

私は女子大で非常勤をしていて、コミュニティについて話をしているのですが、その中でコミュニティ・ビジネスの可能性について学生提案をしてもらおうと思っています。最近、若い女子学生が起業するニュースなどを耳にすると、目の前の学生にも希望が見えてきます。起業という発意は誰でもチャンスがあるので、その機会さえあれば様々な展開が可能になります。こうした環境の中で日本では女性の起業がこれからの未来を創るように思えるのです。

というのも、国際的には中国の台頭が気になります。国民が挙って新しい分野にチャレンジしています。13億、14億と言われる人口をバックに、ビジネスチャンスを狙っています。国内需要を取り込んで起業力を上げて海外に出陣する技は嘗ての日本を10倍にしたスケールで具体化していきます。資本力も増大して世界の企業を買収して拡大していきます。日本もそうでしたし中国も同様に世界を攻めてきます。いつの間にか中国傘下に入っている日本企業もアメリカ企業もドイツ企業も多いのです。いわゆるグローバル化しているという状況です。

そんな世界の中で日本はある種の日本型成熟社会に入っているように思えます。個人個人が貧しさから這い上がって、衣食住がそれなりに与えられ、あるいは獲得していっている状況があります。人口減少社会に入り、雇用環境が良くなっていくに連れ、バブルの後遺症で発生していたホームレスも少なくなっています。グローバル化が進んだアメリカ経済のように一方的な貧富の差もあまり見られません。もちろん子どもの貧困や非正規雇用の問題など社会の影がないわけではありませんが、こうした環境も教育費の無償化や企業留保を排出させる動きが政府にも生まれています。

こうした日本の状況下では、国内での循環型経済活動が重要になります。地域に潤いを生み出す役割が必要になります。ストックとしての資産が整ってきた中でフローとしての経済循環が社会を潤すのです。それがコミュニティ・ビジネスだと考えます。日本語的に言うと「地域での役割」を見出すことが必要なのです。地域で何をするか、何が出来るかは、何が求められているかを知ることから始まります。求められているものを、そのニーズに沿ったサービスが提供できればビジネスは成り立ちます。そんなビジネスを女子学生に見つけてもらいたいし、実践していただきたいと期待するのです。

2017年10月24日 (火)

『男と女』生産年齢人口が急減するのだからみんなが社会参加しなくっちゃ

貧しい国では子供を生むことは家庭の生産力を上げることだという概念があります。つまり子供でも働き手に成るという意味で、諸外国では物乞いも含めて子供は家庭を助けます。日本でも子供は街に奉公に出ていました。「丁稚奉公」や「子守」など子供の仕事はあったのです。今となっては虐げられた子供の姿と映って、良い印象は無いのですが、貧しい村から裕福な街への就職活動はあったのです。

「丁稚」をググってみますと「10歳前後で商店に丁稚として住み込んで使い走りや雑役・・・」という解説がされています。10歳というと今で言うと小学生高学年に入る頃です。江戸時代に普及した制度のようですが「丁稚」「見習い」「弟子」など様々な職業によって使い分けられていたようです。つまり子供の内から働くことの習慣を身に着けていたようです。こうした制度は昭和初期まで続いていたように思いますし、戦前は義務教育が尋常小学校の制度と結びついていたので、それにも左右されていたように思います。

まあ、いずれにしても10歳ころから子供は働いていたし、人生50年時代ですから殆ど生涯現役で働いていた人も多いと思います。病気になっても治療ができない病気が殆どですから、簡単に死ねたので老後という期間は短かったに違いありません。たまには長生きの人がいて、「ご隠居」なんて呼ばれたり「長老」として君臨したりで、高齢者は珍しかったのです。そんな時代ですから、男女の役割も明確だったのです。「男は丁稚か弟子、女は子守あるいは飯炊」など職業区分も明確だったに違いありません。

さて、現代版「丁稚」や「子守」は少子化の中では大いに社会勉強をさせて、有効な社会人として役立つために育てることを目的とするのかもしれません。そして膨れ上がった高齢者を、元気を保ちながらゆるりと使い込んでいくことが求められているのではないかと思うのです。特に長生きの女性にはもっと社会参加していただいて、「子守ババア」ならぬ「子守役」を担っていただくことが次なる社会を生み出す力になるような気もしてきます。ジジイの場合は、現役の半分でもいいから働いたつもりに成って社会貢献して、早死していくことが求められているのだろうと思うのですが、いかが・・・。

clip_image002

2017年10月20日 (金)

『男と女』進学率の男女差にコメント

昭和44(1969)年79.4%、平成17(2005)年96.5%は高校進学率の男女差がクロスするポイントです。流れは男性優位から始まりますが丁度オイルショック当たりから女性の進学率が追い抜いていきます。そして長い間女性優位が続いてバブル景気にも同様しないで女性の進学率が上回って、ようやく平成不況の長いトンネルから抜け出せないまま、男女の進学率が均等に成っていくのが平成17年なのです。その後は男女差が均衡しています。

一方、大学進学率の推移は昭和63(1988)年36.7%あたりでターニングポイントがあります。そして平成11(2001)年48.6%あたりで逆転して、さらに平成26(2014)年55.1%で均衡します。基本的には男女格差は是正され、進学率は伸びていくのですが大学進学率は経済の浮揚に敏感に反応して上下しています。ところが高校進学率は安定して推移しています。そこで昨日のコラムでは高等学校の学費の無償化を唱えてみたのですが、大学についてはまだまだ国民の均等負担としての環境は整っていないと思います。

大学進学率の最初の山は昭和39(1964)年19.9%は東京オリンピックでした。その後景気はうなぎのぼりで高校、大学進学率共に上昇します。そして昭和50(1975)年38.4%で頭打ちです。オイルショック、ニクソン・ドクトリンで経済は低迷します。すると大学進学率そのものが低下し始めます。その低迷は平成2 (1990)年36.3%まで続きます。その後はバブル景気です。大学進学率は平成14(2002)年48.6%まで上昇しますが、少しバブル経済の後遺症で銀行が貸し剥がしなどと不況企業から貸付返済を迫ります。そして再びゆっくりと大学進学率は動きます。2010年56.8%あたりに再びピークを迎えて2013年55.1%と再びボトムを体験します。今度はリーマン・ショック後の景気低迷の影響ですが、それは短期に経済も回復して今は人手不足ですから平成29(2017)年速報では大学進学率は57.3%と過去最高だそうです。

大学進学率の基本は就職活動にあるように見えます。いい職場に就職したいがための大学という選択です。だから大学同士の競争が働きます。国立大学だからと言って安穏とはできない時代です。大学そのものの進化が魅力を創出し、良い学生を育てます。そこに日本の未来があるような気もします。進化した大学に未来を託したいものです。

 

image

2017年10月19日 (木)

『男と女』教育費無償化という動きに進言

「女は学問なんて」という時代はとっくに終わっているのですが、日本では中学までは義務教育なのでまずは卒業するとして、高校進学率はどうなっているのだろうと調べると、なんと平成29年度の進学率は男子98.6%、女子99.0%という状況で、しかも専修学校進学者を除く純粋に就職している人は男子0.4%、女子0.1%という低い就職率で、今時の中学生は全員が進学しているという状況になっています。まあ、今をときめく中学生棋士、藤井聡太四段は中卒で良いという判断をしているようですが、今の高校進学の現実は義務教育と同様な進学率が保たれているのです。

 

そこで提案です。高校以上は殆どの世帯が学資負担をしているので、家計から出費させるのではなく税金から学費を負担する仕組みにすることが望ましいと思うのです。大学進学率はまだ50%を超えた状態なので自己資金としてもバランスが採れると思うのですが、高校進学は殆どみんなの共通の経済であり、一部の棋士や芸能人など、中卒でも稼げる人はまずは頑張ってみて、その後に高校での勉学を必要となった時に無償で就学するという仕組みがあれば、その人の人生が幅広くなるように思うのです。

 

そのためには受験戦争からの脱皮が必要になりそうです。幅広く入学を受け入れて、卒業レベルを揃えるという仕組みです。高校受験では優等だったものが挫折していくシーンにも出会います。受験が全てではないことはよく知られているのですから、門戸は広く卒業は難しいという流れを構築すると、目的を持った勉学のために高校に入るという意識が高まります。「みんなが行くからとりあえず入れる所に」と言う選択ではなく、「私の学びたいものはこれ」という意識を持って入学することが必要だと思うのです。だから大学進学を目指すならば「東大入学ナンバーワン」の実績を誇る高校を目指すのも良いでしょうし、音楽家を志すならば「音楽コースのある高校」に進学するというのもいいでしょう。

 

とにかく受験だけで方向が定まるような仕組みではなく、人生のやり直しの効く仕組みが欲しいところです。私も含め人生にやり直しが効くと良かったと考える人は多いはず。いや、むしろそうした人が優勢ではないかと思うのですが、いかがでしょう。

2017年9月25日 (月)

『男と女』大学進学率が並んだら、女性上位になった

男女の差を埋めるのは、まずは教育でしょう。日本社会全体が男尊女卑から男女平等に動き始めて久しいのですが、私の見立てでは太平洋戦争以降、女性の総数が上回った段階で女性優位が始まったと思っています。戦後の女性が政治や社会で平等を訴え、男性優位の社会を変えようと努力してきた歴史が思い浮かびます。市川房枝、土井たか子などの名前が出てきます。

大学進学率そのものもオイルショックで逡巡したものの、バブル崩壊以降男女を問わず大学まで進学させるのが親の責務という気分になったし、子供も働きながらでも大学を出るという意識の高まりは「バイト」が通常の社会的な人材活用というように貴重視されるようになりました。特にサービス業は学生たちとのコラボレーションが進み、大学のサークルと契約する飲食店も現れているほどです。今は評判の落ちた奨学金受給者も半数を超えています。進学率が高くなればなるほど格差が生まれるので、なんとか自力で卒業を目指すのですが、結果として本来の就学の目的がアルバイトの時間拘束で制限され、さらに奨学金の返済で就職後も苦労することになります。

大学進学率を世界的に観ると必ずしも日本が高いわけではなく、むしろ日本の大学進学率はOECD各国と比較すると22位、平均以下のレベルです。制度の違いもあり、ある程度は致し方ないと思いますが、日本の国情を考えると大学を目指すのに経済的な負担は排除するのが良いと思っています。

少し本題からずれましたが、進学率の男女差はバブル経済崩壊以降では女子の進学率が上回り、2000年頃からは男子が優位になりますが再び女性優位に動きます。まあ、今では男女ともに均等な進学率が保たれています。1985年の男女雇用機会均等法制定以降、女子にも均等な教育をという流れは大学進学率で確実に現れていました。

個人的な話ですが最近、女子大で非常勤を頼まれて行っているのですが、女子の授業態度が真面目です。以前、幾つかの大学で男女共学の学生にも教えるチャンスがありましたが少し雰囲気が違いました。時代の流れかもしれませんが、社会に対する関わりについて正面に構えて活動している女子学生が頼もしく見えています。

image

clip_image004

2017年8月 2日 (水)

『国勢調査推移集計』最初の国勢調査と平成27年の国勢調査を比較すると時代の変化が一目瞭然-戦後日本人の行動パターン

戦争に敗れた日本人は、再び海外に向かって飛び出していきます。戦争では負けましたが今度は商売です。そして勉学にと若者は海外流出を志向します。同じ頃、婚期を迎えた女性も海外に流出します。日本人男性の数が戦争で奪われて、行先を見失った日本人女性が海外に夫を求めて流出しました。「花嫁のアメリカ (講談社文庫) 文庫 1984/4江成 常夫著」はそんな日本女性の姿を語ります。

またアメリカへの留学生も多く排出しました。「戦後のアメリカ留学の記録・・・その喜びと苦しみ」が後藤和弘氏のブログに公開されています。

http://blog.goo.ne.jp/yamansi-satoyama/e/11681a74f360f180b39d4524554a7520

私の高校時代にも2年で同級生の女性が海外留学生に選抜されて旅立ちました。当事はアメリカへの一極集中だったように記憶しています。戦後、アメリカが元気な時代に敗戦国の国民である日本に同情したのかオリエンタルに感じてのことかわかりませんが、確かに若者の流出と婚期の遅れた女性の転出が目立ちます。そういえば新生児の死亡が少なくなっています。アメリカからの食料供給や健康管理など栄養環境も良くなってきて、母体の健康そのものが改善したのが主因だとも思えます。それにGHQのお陰で出産の医療化が進みました。病院出産が当たり前になり産婆が取り上げることは少なくなりました。

【昭和30(1955)年-昭和25(1950)年】コーホートでは0~4歳児の5年後には20万人の死亡がありましたが、【昭和35(1960)年-昭和30(1955)年】では4万人に激減してしまいました。まさに医療の力です。

その後、日本人がアメリカに迎合する姿はよく知られています。テレビも映画も、ライフスタイルも価値観もアメリカナイズしていきました。欧州では流行っていない野球が末端まで普及しました。テレビドラマは挙ってアメリカ直輸入です。そして日本の産業も1ドル360円を良いことに輸出に精を出しました。現在、滅びつつある家電メーカーも当事に生まれたのです。海外支店が展開し、日本の企業マンも海外駐在を増やしました。そして最初の海外留学組が戻ってきます。帰国子女問題も発生するのですが、時代はまさにグローバル時代に突入しているのです。

clip_image002

clip_image004

clip_image006

clip_image008

2017年6月 7日 (水)

『国勢調査の就業状態等基本集計』多摩市の職業別就労状況

生データを並べて比較すると様々な機微の情報が浮かび出るのですが、人間の能力には詳細な数字を記憶して比較分析する力はないので、たちまちコンピューターを活用して分析してみることになります。そのためには諸処のデータを比較して並び替えたり、仮設を立てて立証を試みたりで、必ずしも数字を眺めただけでは捉えきれないのが統計データです。だから何とか理解するために調査年度を複数並べ、経緯を分析したり、地域差や国際間の差異などを見える化して特性を把握する作業を繰り返します。

国勢調査のデータは中でも重要で、5年毎の国民の生活実態を全員に対して実施した結果を集計するという意味で唯一無二な実態調査として日本人のポジションを位置づけるには絶対的な情報源です。調査内容は個人情報として(1) 氏名(2) 男女の別(3) 出生の年月(4) 世帯主との続き柄(5) 配偶の関係(6) 国籍(7) 現住居での居住期間(8) 5年前の住居の所在地(9) 就業状態(10) 所属の事業所の名称及び事業の種類(11) 仕事の種類(12) 従業上の地位(13) 従業地又は通学地について確認します。そして世帯に関する事項として(1) 世帯の種類(2) 世帯員の数(3) 住居の種類(4) 住宅の建て方を確認しますが、この調査項目をクロスして抽出していく過程が重要になります。

文末の表は東京都集計分の平成27年国勢調査就業状態等基本集計の内、「第5-2表 従業上の地位(8区分),産業(大分類),男女別15歳以上就業者数」の多摩市分の一部を男女別に並び替えて表示したものですが、実際の表は横軸に雇用関係の分類を詳細に明示しており、それも加えて表示すると専門家が観ても焦点の絞れない表となり、ましてやグラフ化は難しいものになります。統計の理解は比較です。比較する相互の関係が明確で無いと評価も出来ないし意味も掴みにくいものになります。

実は「比較」という言葉は科学なのです。「比較文化論」とか「比較社会学」など比較することで物事を把握していく学問があります。その中でも「統計学」はまさにそのものでもあります。だから5年毎の地道な統計調査が重要になりますし、身近な事象にも社会的な変容が背景にあり、その原因や要素が統計に現れるのです。統計は結果として現れますが、その経緯を確認することで、将来的な推移を確実に推計することもできる手法として重要な学問なのです。今では国勢調査データは詳細までオープン情報として提供されています。これらを駆使して、あなたの周りの状況を把握してはいかがでしょう。

image

2016年10月 2日 (日)

ちょっと息抜き:設計責任という悔恨と成長

設計ミスはあります。自慢するのではないですが、付き物と言っていいほどあります。それを超えてこそ現在があると言い訳をするのですが、それほど成長していないので申し訳ないと思っています。あるマンションの設計管理で地盤を決めるのに「もう少し高くしておけばなぁ」という感慨を残す結果になったことがあります。隣接敷地との関係で地盤高の確定をするときに思い切って50センチ高くすれば良かったと思ったのです。この敷地は区画整理の土地なので計画地盤が今後定まるという条件の中で当該建物の敷地が将来の地盤を決めるとされる状況があり、それに対応してある程度の自由度が認められていた。そこで設計者として地盤高の設定に「欲張っていたらな」という感慨が残った建物でした。

その後の区画整理道路がどのように整備されているかは未確認だから、なんとも言えないのですが、建築設計者にとって道路が確定していない中で建物地盤を確定するには勇気がいるのです。設計図には建物敷地と建物の関係の高さは書かれていても周辺敷地との地盤関係は意外と曖昧です。敷地の高さについては測量図に基づくことになるのですが、その測定値が設計段階では曖昧な場合もあるのでエントランスとの高さとの微妙な調整が現場で必要になる場合もあります。こうした時に判断は迷います。一旦確定すれば現場はそれで動くので、水勾配が逆になり、敷地に雨水が入ってくるような結果になっては一大事なのです。

建築基準法の建物高さの関係は建物の設計地盤が基準になり建築物が出来ていきます。だから建物の基準地盤の高さを一旦決めると、それを基準に建物周辺を造成していくことになります。例えば10センチの狂いが建物への入り口の勾配が強くなり危険になるとか、階段を設置するなどの対策が必要になる場合もあります。

ある団地の設計と監理を担当していた時、配置計画図と実際の建物がずれたことがあります。施工会社の施工図上の配置図が設計図としての配置計画図と大きくずれているのに気づかなくて建築を進め、欠局、ずれた配置計画で建物が完成したことがあります。法律的には問題は無いにしても最初の配置計画の位置関係が多少ずれたことを説明しないで、竣工図を修正して竣工したように思っています。複数棟が並ぶ団地の設計なので、たとえ1メートルずれても支障がないのですが、設計監理者としては恥ずかしいものです。

ちなみに豊洲問題で建築の構造計算ミスが問題とされていますが、150ミリのコンクリート暑さの部分を10ミリのコンクリートとして計算したようです。荷重が足らないので再計算をしてチェックする必要もありますし、計算後に変更届を出す必要もあります。でもそもそも10ミリのミスに設計者も審査関係者も気づかないなんてことあるんでしょうか。荷重設定は構造計算書の概要書の最初に記載していて、そこを確認しないで何を確認するのでしょうか。分かつていながら見過ごしていたなんてことがあれば罪は重いまです。人のことが言えた義理ではありませんが・・・。

2016年8月29日 (月)

50年後の日本「子供の貧困というリスク」

全体に子供の数が減っていく中で「貧困率」は上がっているが「貧困数」はそれほど変わっていない状況だと認識している。「要保護児童生徒援助費補助金及び特別支援教育就学奨励費補助金交付要綱」が昭和62年に制定されてから平成6年まで毎年のように改正され平成11年まで改正無く続いた後、またまた毎年、あるいは隔年で改正が続いている。改正の内容については使い勝手のいい要綱にするための改正だと思われるので、次第に就学援助の数が伸びていくのも理解できる。

日本の場合、少子化に対する国の対応は基本的に育児や教育に関する支援となり、生活保護ではないので貧困家庭になると給食費の確保もままにならないなど、十分な食生活が家庭で確保できない世帯も顕在化している。長年の不況に拠る就職難などで収入を確保できない世帯も増えた中で、就学援助の件数も増加を続けている。就労の確保については人口減少社会の中では働ける人材不足が発生することと、国内産業の拡大に拠る就労機会の増加により現在では失業率も一時の5%レベルから3%レベルまで下がっているので、総じて緩和されていると観ることが出来る。

とはいえ、日本にも所得格差の先鋭化が進んでいてそれに伴い「子供の貧困」がクローズアップされてきた。「子育ては親の責任」の時代は終わっている。「子育ては社会の責任」という時代に入っているという認識を持たなければならない。人口減少社会において子供は財産であり、そのためにも子育て世帯に負担を押し付けてはならない。「子宝(こだから)」という言葉は過去から変わらない。一時的な産児制限が日本の人口構成をいびつにしたことを改めて反省し、子育てが社会の義務として認識することで安心して子育てできる環境を生み出したい。

こうした社会に適応する施策として「子ども手当」がある。『15歳以下の子供を扶養する保護者等に対し手当(金銭)を支給する制度で、2010年(平成22年)4月1日から実施され、2012年(平成24年)4月1日をもって児童手当の名称に戻された。ウィキペディア』生活を支える費用として国や地方が直接支援する精度はさらに充実する必要があるが、子供が成長して大学に進んだ時にもアルバイトはしたとしても学費が無料になるなど、基本的な教育費に対する支援をしさらにいつでも進学が出来る仕組みがあれば、必要に応じて就労したり就学したり出来る。入学も学力試験での合否ではなく、「やる気の評価」で入学させて、必要な単位をとったらは卒業できるという実力主義を採用するのも方法である。

clip_image001

clip_image002

clip_image003

2016年8月23日 (火)

50年後の日本「学校教育システム維持のリスク」

東京圏に人口の1/3が集中する社会となった場合、地方と首都圏との教育の格差をどう捉えるかという課題が浮上しそうだ。地方では特に就学児童が減り続け、過疎による子供の減少やそれに伴う教師の過剰問題など浮かび上がって来て、アンバランスな状況が発生するはずである。特に義務教育から高等教育に移る段階で高等学校がないという現実も現れると、そこに若い世代が抜けてしまうという状況も露呈する。

以前、小笠原村の調査で3月に父島に訪れた折、小笠原高校を卒業した子どもたちが、おがさわら丸で東京などへ就職や進学で島を離れるのを見送るシーンに遭遇して感動してしまったが、あのシーンが無くなる可能性もあるのかと思うと、人口減少の影響がどのように到来するのか気になるところである。ちなみに小笠原高校の全校生徒は50人ほどで、普通科の3学年だから1学年は20人もいない過疎校だが教職員は24人(平成28年4月1日)と手厚い教育で、毎年国立大学も含めて進学率も高い。

実際、島嶼部や地方の教育環境は人口減少とともに減衰していくことは静止しがたく、地方分権などの方策も実際的な政策にはならず、基本的に一極集中の人口構造はますます進んでいく。「便利な場所に人は集まる」という状況は今後も続くし、「不便でも安心してゆったり過ごせる」という価値観を育成する施策は見えてこない。必然的に地方の教育環境は疲弊し、さらに大都市に人が集まることを助長することになる。

一つの光明が見える気がしている。実は「通信教育」である。過疎地の島嶼部でもインターネットの発達によってマンツーマンの授業が受けられる環境が整っている。一人の教師と向かい合って英会話を学んだり、数学の解法を教わったりと、それも学習する側のレベルに合わせて対応も可能である。基本的にオンデマンドに個人レッスンを行うことができ、それも大量に実施が可能なものだからコストも低減できる。

いまでは無料のビデオ教材がネットで提供される時代になっていて、学校教育として活用することも可能になっている。

先生と生徒の出会いは、イベントの時に面談して混信するだけでよく、フェイスブックやラインで繋がっている環境での情報交換は距離を一挙に縮めることかになる。時代はまさにIoTの時代に入っており、個々の通信環境の確立が教育システムそのものを変革する時代に来ていると思っている。いまではその技術を十二分に活かして、地球上、どこにいても同様な教育が無償で受けられる時代に突入しているという希望があるのだ。

2017年11月
      1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30    

最近のトラックバック

無料ブログはココログ