2017年12月16日 (土)

賃貸団地と分譲団地が40年も経つと-分譲住宅編

町丁別で統計処理が公開されている国勢調査を元に地区の特徴を表そうとすると自ずと地区が限られます。大規模開発の多摩ニュータウンですら多様な住宅が混在しているのですから、既成市街地に点在する住宅に地区別の傾向を見るのは至難の業です。特に分譲団地の場合は尚更です。販売規模の限界もあるので開発する地区面積が限られてきます。だから町丁目単位で同一団地を供給していないので難しいのです。それでも何とか、ほぼ地区全体が分譲団地になっている地区が二地区ある。「多摩市愛宕2丁目」と「多摩市豊ケ丘5丁目」です。

多摩ニュータウンの中でも町丁目が限られているので特徴を一言で示すとすれば、殆どが子育て世帯から始まったが、いまでは子供が独立して夫婦世帯になり、さらに単身世帯になっていったという状況で、このまま行くと単身世帯がさらに増えて行くという流れであることに間違いないという判断が出来ます。つまり「高齢化しても死ぬまで居続ける」という現実的な選択をするしかないことが見えてくる地区です。

対象とした団地はエレベーターもない中層住宅です。高齢化して、体力のない中では住み続けられないので、何らかの押出効果がなければ孤独死などの現実問題も発生する可能性が高い団地です。こうした状況を避ける手段が必要だと思うのですが思うに任せません。改善する方法はあるのですが、合意形成などを考えると現実的には困難であり、すべての世帯に有効な手段ではないのです。国の政策として、あるいは地方自治体の対策として高齢者を受け止める手段がない中では、極端な高齢化団地が生まれるのは当然です。持ち家という資産を活かした住み替えの仕組みが喫緊の課題であることは確かなのですが、、、。

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2017年12月13日 (水)

後期高齢者が1/4を超える地区の姿は

多摩ニュータウンで見れば多摩市愛宕3丁目。東京都全体で見れば檜原村と奥多摩町が後期高齢者率が25%を超える。多摩市の場合は都営住宅が集中する地区で政策的に高齢者が集められ過密化しているのだが、檜原村と奥多摩町は過疎化である。東京と言えども過疎は避けられないし、大都市でも都営住宅は高齢者のセーフティネットになっているのでこれも現象としてはやむを得ない状態と言えそうだ。共通しているのは、どちらも好ましい現象ではないことで、できれば改善すべきだという点である。

過疎化も高齢者の集中もそこにいる高齢者には罪がない。ただ、過疎化は生活の不自由さを顕在化させ、出るに出られぬ境遇を受忍して住み続けることに拘つているしかなく、一方の都営住宅では住み続けた環境を離れたくはないが、資金的にも環境的にも無理があるので都営住宅を選ばざるを得なかったという消極的な選択がある。だから政策的に集められた高齢者が互いを支え合うのではなく、鉄の扉で囲われた孤立したコンクリート住宅に孤独死覚悟で住み続けるという哀れな選択を余儀なくされた末路でもある。しかも高齢者の集中は地域からの差別化を生み出す原因にもなる。いずれにしても歪な社会現象であることは確かだ。

こうした現象に対して過疎地では住み替え支援を、都営住宅ではエレベーターのある住宅への建替を進めているが、住み慣れた地区から離れられないので生活に困難を極めるし、建替は家賃の上昇でさらに低家賃の公営住宅に移住しなければならない高齢者もいる。下には下があるもので救いようのない状況に立たされる高齢者を救うことも施策になる。ただ、本当のところは過疎地では支援を受けるなどで住み続けることが理想だし。都営住宅では共に暮らせる低家賃のコレクティブ住宅などに住み替えるのも手なので、住まい方の選択肢を広げて多様なライフスタイルを提供できないかと思うのです。やはり、高齢者だけが集まるのではなく、若い人たちとの共生が鍵になるのではないかと思うのだ。

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2017年12月10日 (日)

多摩ニュータウンの若い世代はどこに住むか

高齢化比率の少ない地区が若い世代が多く住む所で、多摩ニュータウンの場合は区画整理地区で、もともとの地権者の経営するアパートの多い地区がそれにあたる。そこはワンルームアパートや多少広くてはも家族向けの賃貸アパートが並ぶ地区で、一時的な居住者が多い地区である。比較的駅から近いという利便性もあり、学生や単身の若い世代が集中しやすい地区でもある。実はそのアパートが空き家で悩んでいる。

実のところ学生がいなくなった。リーマンショック以降、大学の学生数は減っていないのだが通学に自宅から通う人が多くなりアパートが空き始めた。たとえ二時間かかっても自宅からのほうが安いという選択もあるのだろう。一人で生活させると心配というのもあるかもしれない。それがアパート経営に打撃を与えている。

ここまでは単身若者世帯の動きだが、子育てフアミリー世帯の動きはどうかというと確実に多摩ニュータウンに帰ってきている。鮭が故郷の川を遡上するように多摩ニュータウンで育った子どもたちが子育てのために戻っているのだ。2015年の年齢別の人口グラフがそれを示している。諏訪2丁目住宅がブリリア多摩センターになった途端に若返ったという事実もあるので、必ずしも高齢化一本槍ではないことを十分承知してもらいたいというのが多摩ニュータウン居住者の思いである。

今後の日本は多摩ニュータウンにしても既存市街地にしても、湾岸のタワマンにしても高齢化するのだし、たまたま時代の先端で人が集まった時代を経過したニュータウンが、今は湾岸などのタワマンに集中しているということである。30年後40年後のタワマンの姿を想像すれば、その未来はどうなるのか、考えてみれば解るだろう。まさに新聞記者が陥る思い込みがここにもあるので、たとえタワマンであっても各々の地区の未来は居住者が拓くことなので、そのことを念頭に置いて、地区の未来を考えてみたいと思う。

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2017年12月 9日 (土)

多摩ニュータウンの高齢者の健康は

68歳になっても忙しい。正しく言えば「精神的には忙しい」のであって、現役の人とは比較にならないのだが、まあ「のんびり忙しい」のかもしれない。気持ちだけ急いていて実態はゆっくりだという状況かもしれないので嘗ての忙しさとは大きく異る。だから余り忙しがらなくても良いのだが気持ちだけは焦る。だからたちまち「忙しい」となる。

 

そんな日々を過ごせて幸せだとも思う。「高齢者にはキョウヨウとキョウイク」が必要だという。「キョウヨウ」は「今日用がある」ことで「キョウイク」は「今日行くところがある」という言葉の遊びだが、そういう意味で「忙しい」。性格的に自ら仕事を作るタイプではなく、本来怠け者なので自らは動かないのだから、誘われると動くということだけで満足している。そんな日々が多摩ニュータウンにはある。

 

私も団塊世代で、全国一律に人口が集中している。だからその塊が5年から7年も加齢すれば当然、後期高齢者も増えていく。2015年の統計ではまだまだだから2020年ではなく2025年の国勢調査ではグンと伸びてくるだろう。いわゆる2022年問題は団塊世代が75歳以上の後期高齢者になる問題で、急速に医療費や介護費用が嵩むという訳だ。当然といえば当然だが、その時に多摩ニュータウンの後期高齢者が全国の高齢者と比較して如何に健康かというのが今後のテーマとなる。

 

私は多摩ニュータウンに住みながら思うのは、「恐らく多摩ニュータウンの高齢者は元気だろう」という安易な思い込みがある。一つは、「坂道」で、今一つは「階段」である。丘陵に開発した団地群にはアップダウンが付きものだ。毎日、その坂道を上り下りする。地方と違って車がなくてもバスがあるし病院も徒歩で行く。そして団地にはエレベーターが無い。毎日出かければ階段を登ることが義務付けられる。そのたびに体力がつく。いや維持する力が継続する。体力が健康の秘訣だが日常にスクワットをやっているようなものだ。

 

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2017年10月24日 (火)

『男と女』生産年齢人口が急減するのだからみんなが社会参加しなくっちゃ

貧しい国では子供を生むことは家庭の生産力を上げることだという概念があります。つまり子供でも働き手に成るという意味で、諸外国では物乞いも含めて子供は家庭を助けます。日本でも子供は街に奉公に出ていました。「丁稚奉公」や「子守」など子供の仕事はあったのです。今となっては虐げられた子供の姿と映って、良い印象は無いのですが、貧しい村から裕福な街への就職活動はあったのです。

「丁稚」をググってみますと「10歳前後で商店に丁稚として住み込んで使い走りや雑役・・・」という解説がされています。10歳というと今で言うと小学生高学年に入る頃です。江戸時代に普及した制度のようですが「丁稚」「見習い」「弟子」など様々な職業によって使い分けられていたようです。つまり子供の内から働くことの習慣を身に着けていたようです。こうした制度は昭和初期まで続いていたように思いますし、戦前は義務教育が尋常小学校の制度と結びついていたので、それにも左右されていたように思います。

まあ、いずれにしても10歳ころから子供は働いていたし、人生50年時代ですから殆ど生涯現役で働いていた人も多いと思います。病気になっても治療ができない病気が殆どですから、簡単に死ねたので老後という期間は短かったに違いありません。たまには長生きの人がいて、「ご隠居」なんて呼ばれたり「長老」として君臨したりで、高齢者は珍しかったのです。そんな時代ですから、男女の役割も明確だったのです。「男は丁稚か弟子、女は子守あるいは飯炊」など職業区分も明確だったに違いありません。

さて、現代版「丁稚」や「子守」は少子化の中では大いに社会勉強をさせて、有効な社会人として役立つために育てることを目的とするのかもしれません。そして膨れ上がった高齢者を、元気を保ちながらゆるりと使い込んでいくことが求められているのではないかと思うのです。特に長生きの女性にはもっと社会参加していただいて、「子守ババア」ならぬ「子守役」を担っていただくことが次なる社会を生み出す力になるような気もしてきます。ジジイの場合は、現役の半分でもいいから働いたつもりに成って社会貢献して、早死していくことが求められているのだろうと思うのですが、いかが・・・。

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2017年10月19日 (木)

『男と女』教育費無償化という動きに進言

「女は学問なんて」という時代はとっくに終わっているのですが、日本では中学までは義務教育なのでまずは卒業するとして、高校進学率はどうなっているのだろうと調べると、なんと平成29年度の進学率は男子98.6%、女子99.0%という状況で、しかも専修学校進学者を除く純粋に就職している人は男子0.4%、女子0.1%という低い就職率で、今時の中学生は全員が進学しているという状況になっています。まあ、今をときめく中学生棋士、藤井聡太四段は中卒で良いという判断をしているようですが、今の高校進学の現実は義務教育と同様な進学率が保たれているのです。

 

そこで提案です。高校以上は殆どの世帯が学資負担をしているので、家計から出費させるのではなく税金から学費を負担する仕組みにすることが望ましいと思うのです。大学進学率はまだ50%を超えた状態なので自己資金としてもバランスが採れると思うのですが、高校進学は殆どみんなの共通の経済であり、一部の棋士や芸能人など、中卒でも稼げる人はまずは頑張ってみて、その後に高校での勉学を必要となった時に無償で就学するという仕組みがあれば、その人の人生が幅広くなるように思うのです。

 

そのためには受験戦争からの脱皮が必要になりそうです。幅広く入学を受け入れて、卒業レベルを揃えるという仕組みです。高校受験では優等だったものが挫折していくシーンにも出会います。受験が全てではないことはよく知られているのですから、門戸は広く卒業は難しいという流れを構築すると、目的を持った勉学のために高校に入るという意識が高まります。「みんなが行くからとりあえず入れる所に」と言う選択ではなく、「私の学びたいものはこれ」という意識を持って入学することが必要だと思うのです。だから大学進学を目指すならば「東大入学ナンバーワン」の実績を誇る高校を目指すのも良いでしょうし、音楽家を志すならば「音楽コースのある高校」に進学するというのもいいでしょう。

 

とにかく受験だけで方向が定まるような仕組みではなく、人生のやり直しの効く仕組みが欲しいところです。私も含め人生にやり直しが効くと良かったと考える人は多いはず。いや、むしろそうした人が優勢ではないかと思うのですが、いかがでしょう。

2017年10月17日 (火)

『男と女』戦争の時、男と女は

第2次大戦の犠牲者が310万人と言われるなかで、虎視眈々と戦争準備をしていた日本での家族関係はどうだったのか、昭和15年の国勢調査データから垣間見てみましょう。

時代は日中戦争の成果を喧伝された国民がそこにいます。すでに第2次世界大戦はヨーロッパで始まっており、その報道は毎日のニュースで知らされています。「いよいよ日本も」という戦争体制の中で戦時食料の増産も国民の課題になって進められています。今から思えば国全体が戦争モードで、戦争反対なんて言えないムードだったのです。だから一貫して「産めよ増やせよ」ですから、世代が若いほど人口も増えていきます。当時は男女を産み分ける技術も無いので同じように生まれて育ちます。

戦争が起こっていると言っても、国外での戦争は国民の生活には響きません。戦下で食糧不足ではあるのですが、子供を動員した増産運動に沿って計画的に増産計画が遂行されているという印象があります。だから国民は至って平穏です。全てに道徳教育が行き届いていて、国の方向を信じているのです。まるで現代の北朝鮮のようです。天皇を信じてそれを支える軍隊に経緯を払っているのが国民の総意なのです。

国民に十分な情報が行き届かない状況がありました。ある意味では情報統制が可能だった時代の第二次世界大戦前夜であったのです。その日本の状況は、無理矢理に国民に情報を流さない中国の今にも似て、情報を開示していれば実際に起こるはずの改革を押しとどめて、国として平静を装っている状況に見えます。その結果として日本はアメリカとの戦禍を交えるという愚行に走るわけで、いまの中国に非常に似ているような状況になっています。

果たして日本ではアメリカとの戦争は勃発するのです。情報が限られていた結果ではあるものの、制止することができない太平洋戦争のはじまりです。日本の人口はまさに戦争のための人柱を増産した時代でした。明治以降、日本は国力拡大を目指して戦争のための人口を増産したのです。それがとどまることを知らず人身を弾として戦場に送り込んだのです。

今、人口は減り続けています。ならぱ、その目的は何か。単にこれまでの経緯で必然的な人口減少を多くの識者が語っていますが、人口減少の目的を見出すのも、それを考えるのも未来を予測する機会になりそうに思うのです。

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2017年10月16日 (月)

『男と女』ダイバーシティ: 多様性。相違点。

ダイバーシティという言葉は『企業で、人種・国籍・性・年齢を問わずに人材を活用すること。こうすることで、ビジネス環境の変化に柔軟、迅速に対応できる(デジタル大辞泉)』との流れは企業のみならず社会に浸透し始めているように思います。最近では小池都知事の言葉の足節に出てくるので馴染みの用語になった感がしますが、多様性や相違点を表す言葉として認識されるようになりました。

中でも男女については、そもそも相違点が明確で多様性というか、機能や役割がそもそもはっきりしているのだという概念から区別も意識されなかったのですが、最近では「性同一障害」などの性についての研究や実態が知られるようになり、ジェンダー論など出版会を賑わしていますが、大正9(1920)年には男女差は極めて明確だったと時代は語ります。「男は社会で働き、女は家を守る」という概念が大正期には通例で、女は子を産む者として固定的な概念が浸透していたように思います。

それを表すのに大正9(1920)年の15歳から19歳の女性の16%に配偶者がいたことです。平成27(2015)年の女性では0.5%ですから雲台の差です。世代を20歳から24歳で比較しますと大正9年は64.5%が既婚者で、平成27年は8.0%というのも隔世の感があります。それだけ女性の社会進出が進んだというのか、医療環境の向上で高年齢になっても出産が可能になった背景なのか、多産多死の時代での女性の役割だったのか、様々な要因で女性の早婚の理由は語られますが、社会そのものが現在とは比較できないほど原始的だったというのかもしれません。

日本人の寿命事態が50代から80代に移っているという現状の中で、男女の役割も見えてきました。男女の役割も相互に近づいているようにも見えますし、より明確に成っているという言い方も出来るかもしれません。いずれにしても単純な男女、つまり雌雄の区別ではなく、男と女とは生物的には区分できても、社会でのポジションや精神的な位置づけはすでに多様化しているという状況だという認識に立ち、ダイバーシティを受け止めていくことになるのだと改めて認識しているのです。

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2017年10月14日 (土)

「イノベーションが多摩ニュータウンの未来を拓く」賃貸住宅ビジネスが天下分け目の戦いに入る。その時

団地まるごとのリノベには賃貸団地が対象になります。小田急電鉄の社宅だった座間駅前の団地をまるごと民間の賃貸団地としてリノベした「ホシノタニ団地」はその例として世間をあっと言わしました。その他、公団の賃貸住宅にはMUJIがモデル的にリノベをしていますし、東京都住宅供給公社はR不動産にイメージチェンジを委託して賃貸価値の向上を目指していますし「きぼうどおり」という仕組みを介してリノベーション住宅を展開しています。このように大規模大組織の賃貸住宅の活用は時代の流れの中で「リノベーション」を捉えてブランディングを高めています。

ただ、私の診る限り賃貸住宅のリノベは「見かけだけのリノベ」であり、本質的な建物の性能向上のリノベではありません。個別に見学した範囲で申し上げますと「ホシノタニ団地」のリノベは、サッシや壁の断熱性能を上げているものではなく、建設当時の性能をそのまま継承しています。だから建物から放出されるエネルギー損失は相変わらずで、結露やカビの発生は抑制されません。折角のリノベですから壁の断熱性能を上げたり、窓の遮熱や断熱性能の高いサッシに取り替えたりという配慮が欲しいのですが、あくまでも見かけで借り手を確保したいというソロバンが働いた結果の住戸で、私にとっては残念なリノベでした。

それと比べると居住者個人が実施する持ち家のリノベは違います。まずは「居住性」を大切にします。「冬暖かく夏は涼しく」をもっとうに、内部も断熱性能を高めます。最近では性能の良い断熱材も出回っているので外壁面のみならず床や天井にまで断熱材を施します。特に開口部は単板ガラスを真空ガラスに取り替えるのもいいでしょうし、内窓を取り付ける方法もあります。省エネに対する補助金も出ているのでリノベを機会に開口部の断熱性能を上げることは容易です。それにより結露を抑制しカビの発生を防止します。だからカビを食べるダニの発生も防ぐことができ、ダニのフンで発生する喘息やアトピーなどの病気も防ぐことができます。

住宅の居住性能向上というのはリノベの基本です。見かけのリノベも商売では成り立つのかもしれませんが、物の本質が解ってくると評判を落とします。その時に十分な性能を確保しておけば将来に渡って高い評価の賃貸住宅として使えるのに、安易な採算ベースの考え方では短命に終わるのです。いまは賃貸住宅事業の転換期のように思います。今後の住宅余剰をうけて天下分け目の戦いが始まるのですから、今しかできない建物の性能向上を基本的なルールとしたいものです。

ドイツでは足場を掛ける工事では外断熱を義務付けているようです。日本でもリノベをする場合には断熱施工を義務付けるようなルール作りが必要なのではないでしょうか。

2017年10月12日 (木)

『男と女』一人で生きるか、二人で生きるか

「家族がいないと淋しい」という意識があって、一人で生涯を過ごすなんて最初から考えていなかったと、今思えば無意識というか先入観というか教え込まれていた、あるいは思い込んでいたという意識があります。だから「家族を作る」ことには抵抗がなかったし、子が生まれてからは帰省が状態化していました。正月と盆は実家で過ごすことが当たり前という生活習慣が生まれ、費用など掛かると思いつつも致し方ないという気持ちで年中行事になっていました。親を見送るまではそれが続き、親がいなくなって地方巡業はパタリと終わりました。

一人で生きていく人が増えているのです。私の周りにもいます。家族社会が変わりつつあることを実感しています。いわゆる親族を単位とした「家族」のあり方が変わりつつあるのです。もちろん人間は孤立しては生きていけません。何らかの人と人の関係が保たれる必要があります。だから友人と生きて行く人もいるでしょうし、それが深い関係なのか浅い関係なのか、自身の心の持ち方に因って異なってくるのです。一人でも過ごせる人と一人では過ごせない人がいます。学生時代にパーソナリティ心理学を独学ですが学んだ記憶があります。5つの性格類型があって「自室の好みと性格類型」をアンケートに因って解こうと、卒業論文で取り組んだのですが、なかでもヒステリー性格の人は狭い部屋で満足するという結論が出たと記憶しています。

「ヒステリー性格」の人は外交的で自分の物を持たないようです。いつも人と交流しているから、人と一緒に過ごすことが日常になっていて、「家」というこだわりも少ないように思えます。人といつも一緒にいたいという意味では「家族を欲しがる性格」なのかもしれません。一方で一人の人に拘って生きるより、多くの人の中で居るほうが落ち着くという性格でもあります。

それに引き換え自室の広さが必要な性格は「粘着質性格」のようです。凝り性というのか、画家や小説家などずっとアトリエや書斎に篭っていても飽きない性格の人です。こうした人は一人で孤立しても不安もなく飽きないで過ごすことができるのでしょう。

一人ものが増えている現状を性格に例えて言うと、現代社会は「粘着質性格」を多く産んできているのかもしれません。見方を変えると、社会が安定して来て人にもまれながら、がむしゃらに働かなくても良くなっているのかもしれませんね。

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