2019年1月 1日 (火)

地方都市、多摩ニュータウン

多摩ニュータウンが大都市東京のベッドタウンだという捉え方が一般的だが、多摩ニュータウンが大都市東京に出稼ぎに行く地方都市だという捉え方もできるのではないか。というのは経済的な背景が変わると出稼ぎが少なくなり、地方が自立していくことも考えられるという地方としてのあり方が多摩ニュータウンでも共通の認識になるかもしれないという期待である。

たとえば青森県の出稼ぎ状況だが急速に減少している。昭和49年度(1974) に80,486人とピークを迎えたものの、開発のピークでもあるオイルショックをきっかけに「量の時代から質の時代」に変わりゆく中で出稼ぎも減り続け、いまではほとんど死語になった「出稼ぎ」という言葉。今も都心に勤めている世代も次第に地元での就労や通勤のない労働など、新しいライフスタイルが生まれる可能性が高くなっている。

30年以上も前だと思うが、青森県むつ市の市営住宅団地の建替計画を策定したときに、既存団地居住者のアンケートで、働き先が「東京」という回答が多く見られた。それが筆者の出稼ぎ実感であるのだが、今は市営住宅居住者でも出稼ぎは殆どいないのだろうと思うと、多摩ニュータウンもまた出稼ぎがなくなる時代が来るのだと思ってしまうのだ。

clip_image002

2018年12月13日 (木)

●タワマン投資の現状を知りたいのですがまずは

持ち家共同住宅(分譲マンション)のうち、11階建て以上の建物は江東区に集中していることが住宅土地統計調査(2015年)でわかります。その数6万戸余りは郡を抜いています。タワマンで話題の中央区や港区などでは江東区の1/3ですし、比べようがないほどです。開発の時代背景が異なっていることから江東区は20階以上のタワマン(超高層建物)よりも14階までの高層建物が多いのも特徴でしょう。

ちなみにタワマンと14階までの高層建物との違いは、建築基準法や消防法では明確に基準が別れていて、避難設備や建物の管理体制などタワマンはワンランク上になっています。その分、維持管理費は高くなりますしイニシャルコストもランニングコストもタワマンは高くなるのです。長期的に考えると14階までで抑えるのが正解だと思っています。

image

2018年12月12日 (水)

●湾岸の中古マンション市場

最近気になっているのが中国資本などが投資した湾岸タワマンの行き先です。中国がトランプに閉め出されてマンション投資などで窮地を迎えていて、手もとの資金を調達するために焦り続けているという状況の中で、日本の湾岸投資物件が売りに出されているのではないかという噂を具体的な数値情報として掴みたいと思うのですが、いささか難しいのです。

2018年12月4日のSUUMOの中古マンションの販売数を2015年の国勢調査の持ち家世帯数と照らし合わせて、その中古マンション販売戸数の絶対数と比率を表したものですが、最も販売数が多いのが世田谷区で販売率が高いのが中央区になりました。世田谷区については持ち家世帯数が最も多い区ですから売却物件は多くなりますが、中央区の場合には世田谷区の15.5%の持ち家世帯数しかないのに販売戸数率が世田谷区の二倍の3%となっています。もしかしたら投資物件をそろそろ売り急いでいる中国マネーがありのではないかと思うのは私だけでしょうか。

image

2018年2月 2日 (金)

「2月1日は水素の日」だそうだ

今朝の新聞報道(朝日新聞)で始めて知ったのですが、水素の分子が2.01なのにちなんでの2月1日を「東京水素の日」にしたことが正確な情報のようだ。東京都が昨年末に発表して昨日が『東京水素の日 記念イベント水素エネルギー推進セミナー「水素が動かす、東京の未来」』としてイベントを開催した。

https://twitter.com/hashtag/%E6%9D%B1%E4%BA%AC%E6%B0%B4%E7%B4%A0%E3%81%AE%E6%97%A5?src=hash

そこで燃料電池自動車の仕組みをJHFCプロジェクトのホームページでさわりを勉強してみた。わかったことは結構課題が大きいことで、それからするとやはり直接燃料電池を使うのではなく、出来上がった電気を利用するほうが一般家庭でも自動車利用でも簡便な気がしてきた。

http://www.jari.or.jp/portals/0/jhfc/beginner/about_fcv/index.html

今まさにエネルギーは原発から如何に離れるかを世界的なテーマにして動き出しているように思う。その為には再生可能エネルギー100%のエネルギー社会が生まれてくる前哨戦でもあるようにもみえる。だから次世代のエネルギーとして水素が叫ばれることは歓迎すべきことだが、その原料を天然ガスや石油に求めたのでは意味がない。やはり再生可能エネルギーに求めていきたい。

水素燃料電池自動車の動力として普及させるためには水素を供給する水素スタンドが必要になる。その規模は安全性を確保したり場を提供するのに、普及させるための経過としても現状のガソリンスタンドを使うことになるだろう。一方で電気の急速充電設備を備えたスタンドも生まれているが、これについては充電時間がかかるので、ドライブインやスーパーなどの店舗に併設されるとすれば、今後は水素と電気の戦いになるやも識れない。

どうも「水素の日」として走り出した東京都ではあるが、何事にも不精なエネルギー消費者側の発想としては電気に軍配を挙げてしまうのだ。たとえばマンション内に水素発電所を設置して、オール電化のマンションを作るとか・・・

2018年2月 1日 (木)

「電気で動く車」と「発電事業」との組合わせ

近未来は意外と容易にチャレンジできる「電気自動車」が台頭すると思うのですが、日本人は未来をどう考えているのでしょう。そもそも電気を生み出すのに最終的なエネルギーの循環は【太陽エネルギー→電気エネルギー→水素→電気エネルギー→動力】になるように思っているのです。どうも自動車というコンパクトな乗り物にコントロールのいにくい水素を載せることには限界がありそうで、それよりも蓄電池の開発と効率のいいモーターに依存する動力変換が最も容易なように思うのです。水素が爆発するとどうなるのかは、あの原発の爆発でもツェッペリン号の火災でも明らかになったようにコントロールが難しいし、一旦起こった事故では被害が増大するように思うので、だからこそ水素は完全にコントロールできる仕組みの中で活用してこそ完全なエネルギー源として活用できるのだと思うのです。

電気を生み出す方法は多様です。人の住まない砂漠でも海洋でも山間部でも、地中深くの地熱を利用しても発電は可能です。それを近くに運ぶことも容易で地産地消であればさらに簡便な利用ができます。つまり市街地に近い管理された水素発電所で発電した電気を当該市街地で消費するという仕組みを生み出すという地域循環のエネルギーを考えたいのです。

たとえば多摩ニュータウン地域の場合には、現在の下水道の終末処理施設の場所に水素発電所を建設して、下水道管を通して電気を送る仕組みを組み立てれば良いと思っています。下水道管は末端まで届いており、そのマンホールを活用して各施設に配線することも可能だと考えます。改めて電線類を架空に配線することなく、下水道管の中で完結させる仕組みができれば主だった電線や電柱の必要もなくなり、街の景観も良くなるはず。一挙両得です。

街にはガソリンスタンドがなくなり、充電設備が街角に何気なく置かれている。電気代は無料で充電でき、空気がきれいになると人の健康にも大きく貢献することになります。電気自動車が排気ガスを出さなくなると、他の乗り物も当然、電気になりますし、そんな風景がノルウェーにはあったのです。

clip_image002

2018年1月31日 (水)

「電気か水素か」

自動車業界が喧しい。「ハイブリッドはもう終わりだ」「10年後は自動運転だ」「EVカーが自動車のメインになる」「車はシェアする時代に入った」「今後はバッテリー技術が世界を折檻する」「自動運転免許証が発行される」などといろいろな議論が渦巻く中で、実際はどうなるのかが気になってくる。

とはいえ簡単ではない、どうもエンジンからモーターに代わってくるのは確かなようで、10年もしないうちにガソリンが売れなくなるとするとアラブ諸国は大変だ。ロシアもアメリカだって大変だと思う。それでも電気は必要なのだから、原子力発電が継続される気配もあるが、石油の消費が減速すれば原油価格も低下するはずで、その分、ガソリン車が延命するようにも思う。何事も需要と供給のバランスで物事が動くのだが、実際にはどこまで進むのかがわからない。

二年前にノルウェーに行ったが、あちらの国は水力発電100%で海外にも電気を輸出しているという。石油も掘れるのだが電力は100%再生可能エネルギーだというから大したものだ。それもコストは非常に安価である。だから電気自動車を推奨していて、充電代金は無料、高速料金もフェリー代もただというから太っ腹。とにかく安い電気で自動車を動かせるのだから生活コストも減ってくる。税金を多額に納めているったってエネルギーコストが無料ならば多少の税負担が高くても許せるという判断になる。

そこでアラブも大規模な砂漠に太陽光発電や太陽熱発電を設備して電気を売れば良い。遠距離輸送も最近では技術開発で可能な方法が編み出されているし、持ち運べないならば水素に変えてタンク輸送すれば良い。電気は電気分解で水素と酸素が作れるのだから、水素を製造して運べれば水と反応させてピストンを回せば自動車は動くのである。水素エンジンで発電して電気で自動車を走らせる方法もある。

さては究極はバッテリー技術か水素エンジンの戦いになるのかもしれない。

2018年1月 6日 (土)

1月4日 朝日新聞の残念な報道

多摩ニュータウンを誤解させる主因として「誤解を招く報道」がある。その最たるものが2018年1月4日の朝日新聞の記名記事である。昨年末から始まった「平成とは」シリーズだが「この街で暮らし続けるために」と題して、記事の冒頭から多摩ニュータウンを取り上げている。そこは多摩ニュータウンの中でも最も高齢化している地区であることは確かなのだが、そこが都営団地であることは書いているものの、読者は公営住宅そのものの現象を理解していないで記事を読む。孤独死の発生を語り「限界集落は東京にもあるんだ」と登場人物に言わせるところはいかにも作為的。実は多摩ニュータウン開発初期に住宅困窮者を導き入れるために不便な地に大規模に建設した公営住宅の行き着くところだという政策ミスを単なる社会現象として、それもこれ見よがしに扱うことに憤りを感じる。

建設から45年も経てば住み続けていれば高齢化するし、家賃が極端に安いので高齢者は集まりやすい。たとえ若い世代が入っても所得が基準を越せば追い出されるのが公営住宅である。収入の増えない高齢者が集まってくるのは必然だし、最後には一人になるのも必然だ。こうした制度的に高齢者を寄せ集めているのだから特殊な例だという認識に立たなければ客観的な報道はできない。当該地区の中でも都営住宅100%の愛宕3丁目の居住者を2015年の国勢調査で確認すると高齢者が特化していることがわかる。それも後期高齢者の集中が極端で、単身者も多い。これだと孤独死は免れないのだが、それを多摩ニュータウンを語る切り口として用いられていることに義憤を感じる。いい加減で住宅政策の問題を正面切って報道するくらいな問題提起ができないのかと残念で仕方がない。センセーショナルな報道で終わらせてもらいたくないものだ。

clip_image002

clip_image004

2017年12月25日 (月)

多摩市の団地建替を応援したい

多摩ニュータウンの景観を一定の形態で統一することができるのは多摩市の都市計画であることは確かなのだが、一律に均一にすることで適切な景観が生まれるとは限らない。特に多摩ニュータウンの場合は山坂のある地形で、山のてっぺんと谷底では土地利用も建物の形態も変わってしかるべきだと思うのだ。

以前、ドイツのシュツットガルトで詳細な都市計画図を見せてもらったことがある。その計画図には建築物の位置などを示す配置図などが書かれてあった。現地の風景と相関する詳細計画は街のデザインを当初からイメージしている。作り上げたまちを散策しても心地よい風景が目に入ってくる。旧い街と新しい街の融合がそこにはあった。

日本の都市計画は大雑把で、商業地だとか住宅地だとかで区分けして、敷地面積に対して建てても良い建築の容積率や建ぺい率を示しているのみで、たとえば駅前の土地利用を「1階と2階をオフィスか店舗、その上を住宅にして7階建てにする」というように具体的な形態まで示していない。だから思いっきり超高層だったりずんぐりむっくりの建物だったり、店もオフィスもない住宅オンリーの建物だったりと街並みを意識して建てられないことになる。

多摩市の都市計画は八王子市のそれとは少し違っている。実は高さ制限が入っている。全体に23mに指定されているので、概ね7階建ての街並みを意識していることになる。ヨーロッパの都市、例えばパリやウィーンなどの街並みをイメージしての制限と思われるのだが、それが均一過ぎて思想がない。都市計画を定めるのには必ず利害が絡む。均一ならば文句が言えないだろうという為政者側のいい加減さが見え隠れする。いざ開発を進める場合には緩和措置もあるのだが一律の既成はいかがなものか。そこで具体的な建替検討を初めることで都市計画の問題点を浮き彫りにしてみたいと思う。

2017年12月20日 (水)

多摩ニュータウンで建替が進む団地を応援したいが

多摩ニュータウンの団地で建替が期待される団地はいくつか有るのですが、私達が協力しなくても事業的に成立する団地と、我々のような市民団体が支援しないと建替がうまくいかない団地とに分けられます。中でも建替が容易な団地は「松が谷6番地住宅」で、敷地が広いので事業還元率も高くなります。ここについては建替事業を進めたいと思っているマンションデベは間違いなく支援してくると思いますので、我々が心配しないでも更新は進んでいくと思います。

次なる候補は「鹿島団地」です。何れも八王子市域で建替効果が高い団地になります。鹿島団地は敷地も平坦ですので計画が容易であることや南側に公園や緑地を抱えていることから景観的なメリットが高く、居住性の演出には有利に働きます。もう一つ建替の可能性が高い団地が「松が谷団地17」だったのですが、すでに建替が進行していて「レーベン多摩センター」として組合施行の建替マンションとして販売中です。こうした実例を目の前にすると各ディベロッパーは落ち着かなくなるはずです。何れもモノレール駅から10分以内の位置にありますので事業的には魅力です。

一方、多摩市域に入ると話は違ってきます。日本最大の建替事業が多摩市の諏訪2丁目住宅で成立したから次なる建替も有るだろうと思うのですが、残念ながら多摩市での具現化は難しい状況です。というのも八王子市と多摩市とは建築制限が異なっています。多摩市では容積率の基準を自主的に下げていて、容積率200%を150%に制限しているのです。それに多摩市では絶対高さ制限を導入していて、23mという基準が定められているので、7階建てまでの建物に規制されます。同じ多摩ニュータウンの中でも隣接している敷地の土地利用が大きく変わってしまうことで、隣には超高層が建つのに、隣り合わせているだけで土地利用が大きく制限されているのです。

多摩ニュータウンの中に自治体に因ってチグハグな土地利用計画があるというのは如何なものでしょう。すぐにも改善しなければ都市の形態は混乱しますし資産価値も変わってきます。都市計画審議会は何を考えているのでしょうか、いや何も考えていないから自治体の要請にただおもねるだけなのかもしれません。主体的に東京都が4市にまたがる多摩ニュータウンの土地利用をきちんと示して、同様の基準で土地利用計画を定めなければ多摩ニュータウンは混乱します。いやすでに混乱しています。この責任は誰が執るのでしょう。

2017年12月18日 (月)

いざ建替が決まってもなかなか動けないものです

2010(平成22)年3月に建替え決議が成立した諏訪2丁目住宅では今後の建替組合設立や翌年の建物解体に向けた居住者の引っ越しが始まりました。従って2010年10月1日の国勢調査の時点では早々と引っ越しを進めている世帯があります。特に学校などの転校などが絡む世帯では早々に引っ越しをしたので、国勢調査に早々の転出者が統計上に顕在されます。具体的には単身世帯は移動していないのですが、二人以上の世帯では転出がはっきりしています。2011年秋には解体撤去が予定されていて、それまでに移るとなると転居を急がねばなりません。しかし、なかなか1人住まいの高齢者の腰は重いのです。

建替え決議で最も反対を唱えるのが高齢単身世帯です。住み慣れた住み処を離れることの憂慮が決定的な理由です。「最後までここで」が常に思うことです。建て替え後に最も効果を魅せるエレベーターよりも住み慣れた今が最善だと思う気持ちがなかなか覆りません。みんなして建替は決議したものの、建て替えた後の生活を創造するには自らの未来が予見できません。建て替えても戻れないかもしれないとも思うし、建替を期に親族が色々と言ってよこすことも穏やかな1人住まいの覚悟を揺らします。余生、幾ばくかも識れない命ですから欲もなく過ごしていければと思うのですが、外からの欲の奪い合いも耳にすると返って建替に賛成した罪を自戒します。

―――――――――――

一人暮らしの高齢者の気持ちを代弁してみましたが、やはり住まいは大きい存在です。それを簡単に言い募るつもりはありませんが、40年も経つ団地を観るにつけ建替が有利だと思うようになりました。建替は簡単ではありませんが、多摩ニュータウンというブランドがある限り出来ない相談でもありません。私もこれからは建替に希望を託して物事を見定めてみようと思います。

clip_image002

より以前の記事一覧

2019年1月
    1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31    

最近のトラックバック

無料ブログはココログ