2016年7月18日 (月)

ちょっと息抜き: 「竜馬がゆく」に丸亀藩が登場していた

江戸期でも比較的新しい山城を持つ丸亀藩だが、その藩邸のあったところに14年も住んでいた記憶があるとやはり懐かしい。それも住所は丸亀市大手町4である。当時は家老屋敷などが並んでいたはずだし、戦前は練兵所などの施設があった。実際、付近の土を掘り返していたら錆びたサンパチ銃(当時の呼び名)の銃弾が落ちていたし、丸亀の中心にいたのだという自覚がある。位置としては今の市役所のある場所で少年期を過ごしているので思い出が深い。

龍馬が27歳の時に剣術修行に来た時の写真が残っていて興味深い。1861年の丸亀藩の武士の様子とその時の龍馬の扱いについても一葉の写真が語ってくれているようだ。恐らく道場破り的なニュアンスで登場した龍馬に寄ってたかって一戦を交わしたあと、尊敬の念を持って写真に収めている。龍馬を前にして矢野道場の指南役が後背に居るというシーンがそれを物語るようだ。

http://www7a.biglobe.ne.jp/~marumasa/ryouma-marugame.html

上記の写真は「坂本龍馬 丸亀」とネット検索してヒットした情報で、司馬遼太郎がドラマ仕立てに演出した矢野道場の記述の真偽は別にして事実として龍馬が脱藩を実行する過程の中で、丸亀藩から長州藩にまで足を延ばす基地的な役割をしたことに変わりはないだろう。その後、龍馬は松山藩に滞在してその港、三津浜港から山口県に入っている。

私も今年4月に逆コースをフェリーで移動した。山口県柳井港から三津浜港に至る船旅で、龍馬の逆コースを辿ったことになる。

小説によると偶然にもその船頭が龍馬の最初の江戸へ剣術修行に向かった時の船の船頭で、その時に船扱いをならった師匠だったこともあり、その船旅は何度かの海の状況に併せて避難したが、気持ちのいいものだったようだ。私も柳井港から三津浜港に至る2時間半の旅は殆ど湖風にあたりながら過ごした。気持ちが良い。今のフェリーは短時間で多少の風にも航行するが当時の船はそうは行かない。動力は帆である。風まかせの船旅で、夜は最寄りの港に停泊して、明け方に出航するというゆっくりとした旅だったに違いない。

瀬戸の海は龍馬の頃とは変わらない穏やかなものだが、4月の海は磯臭さもなく西日の強さが気になりながら甲板で据え付けの長椅子に凭れて過ごした。甲板には私の他には誰も居ないという閑散さで、フェリーに乗り慣れている人々は客室でうたた寝と決めているようだった。

2016年6月20日 (月)

50年後の東京「震災というリスク」

そろそろ首都圏直下型地震をリスクと捉える人が多くなったと思うのだが、元東京都知事、舛添要一氏の功績かもしれない。我が家にも会社にも『東京防災』が書棚に鎮座していて緊急の読み物として捨てるわけにも行かないで飾っている。黄色の包みは危険信号であり、身近な危険に対する用心を喚起している。さて、その本が活用されるのは何時なのか、最近の防災情報ではさらに大地震到来の確率が高くなったし、暗黙の中で「来るのではないか」「来るはずだ」などと自問する機会も増えてくる。

大正14年の関東大震災の時に被災したはずの私の先祖は千代田区四番町から新宿御苑近くに移転したようだ。ホームページでは隅田川を中心に火災が広がり、皇居周辺にも拡大した模様が再現されている。それを観ると確かに先祖の住んでいたであろう場所もピンポイントで消失していることがわかる。

http://www.himoji.jp/database/db06/flash/fs-moving.html

現在、震災に対応すべきとして耐震化や密集市街地の再生などが急ピッチで行われているが、当然大地震が来ると予想される時までには間に合わない。出来る限りの努力を進めているというのが現状ではあるが努力も途中で大災害はゆって来る。

人間には「予防」という知恵がある。特に個人的な身体に関わる「予防医療」については意外と普及する。伝染病や風土病など病に対する予防医学はかなり進んでいて、ワクチン接種などの医療も普及している。毎年、流行するインフルエンザ等は医療現場ではビジネスとしても収益率の高いビジネスではないかと思うほどだ。これと比較して建物の耐震化や不燃化は進まない。多摩市でも集合住宅の対する耐震診断の補助事業を推進していたのだが、どこからも手が上がらず、内容を手厚くして改めて始めた。今年度から1棟あたり200万円を限度とする補助だ。

http://www.city.tama.lg.jp/seikatsu/20/001714.html

東京都も進まない耐震化に防災性を高める都市づくりとして幹線道路の沿道整備に耐震化と不燃化に手厚い補助金を投入して整備を進めている。今現在、防災に対する進捗は緩慢でも、近未来には大規模地震はかならず来るのだから、罹災時に現在の住まいや建物を捨てて郊外に逃げるなんてことのないような都市づくりにしたいものた。その為にも『東京防災』を確実に役立ててもらいたいものである。せめてもの舛添都知事の功績を祝して、、、。皮肉かな、、、。

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2016年4月19日 (火)

50年後の日本「定常型社会」

「定常経済」とか「定常型社会」とかよく似た言葉が徘徊していますが、「定常経済」は「大転換 新しいエネルギー経済のかたち」レスター・ブラウンの著書を訳した枝廣淳子氏が表現した言葉であり、ハーマン・デイリー氏の提唱する『「定常経済」へ、いまこそ移行すべきとき」』が最近の話題です。そして「定常型社会」は千葉大学の広井良典氏が提唱している言葉で、福祉社会の到来を表現している言葉と理解して言います。

そこで「定常型社会」ですが、「定常型社会―新しい「豊かさ」の構想 (岩波新書) 新書2001/6/20」がそれです。「持続可能な福祉国家/福祉社会」を提唱し「定常型社会における社会保障とは何か」を説いています。特に環境を重視して「定常型社会とは実は「高齢化社会」と「環境親和型社会」というふたつを結びつけるコンセプトでもある。」として、福祉と環境を結びつけて「定常型社会」を説明しています。

労働市場において「労働時間短縮ないしワークシェアリングの推進が不可欠」として、働き過ぎに対しても就労機会の平等性においても「機会の平等」を唱え「自由」と「平等」の帰結が「社会保障とは、個人の自由の実現のためにある制度である」という認識に至るとしているのです。言い換えると「自由経済」の中で「社会保障」がある社会で、北欧の社会体制に近いように感じています。

私自身も数年前にデンマークに行って、自由経済社会の一員であるデンマークの環境への取り組みと国民の労働状況や余暇の過ごし方を観て、さらに充実した福祉社会の様子を垣間見たのですが、日本が見習うべきことも多いなと感じた次第です。日本の社会が「定常経済」に推移していることは、孤立する家族像からコミュニティが造る新家族像への転換や、地域で支え合う社会体制が必要なんだという理解を深めています。地域で支え合うとは「介護ビジネス」ではなく、「近所の支援」や「隣の支えあい」です。

「Business」は「ビジネスとは営利や非営利を問わず、また、組織形態を問わず、その事業目的を実現するための活動の総体をいう。ウィキペディア」ですから、近隣へのサポートも身近な友人への親切も同じビジネスとして位置づければ自ずと「定常型社会」は成立してくるのではないかと思っています。そしてこれからの安定社会では「定常型社会」は多くの幸せを齎すのだと思います。ただし、不満分子はどこにでもいますし、それがあってこそ本当の社会だという認識も捨ててはいけません。基本は多様化する社会になるのだと思うのです。

2016年4月 4日 (月)

50年前と50年後の比較をやってみて思うこと

今から50年前1966年4月の私は17歳だったので、高校2年から3年に上がった時だった。東京オリンピックが1964年10月だから高校1年の時に体験しているのだが、当時の記憶としては大松博文の女子バレーが印象的なのと、私自身が体操競技を志向していた関係でベラ・チャスラフスカのポスターが部室に貼っていたというおぼろげな記憶だが、どうも同時期ではないかもしれない。中学からの延長で1年はバスケット部に入っていたので、途中から体操部創設に関わったので恐らく2年から正規の「体操同好会」として発足してベラのポスターも部室に貼っていたのだと思う。

香川県という田舎の高校では、少年ジャンプと少年マガジンがクラスでシェアして授業中に回し読みの時代、昼休みは早弁でソフトボールに熱を入れ、友人から外国雑誌のシックスティーンを借りてビートルズの存在を知り、ステレオ買う金もないので真空管駆使してアンプを組み立ててうっかりコンセントに差し込んでいるシャーシに触って感電た青春時代だ。少し根暗で女の子とも適当に付きあっていて、交換日記や文通も始め、小説も読み始めて少し性に目覚めた頃かもしれない。高校2年でバイクの免許を取り、姉のラビットで友達載せて走り回つたり、勉強だという理由で友人んちに泊ったりと青春していた記憶がある。

家には幕の降りる白黒テレビも冷蔵専用の冷蔵庫もあったし、思春期の男の子が欲しがっていたドライヤーも手に入れた時期だ。余談だが、そのドライヤーが先日壊れた。なんと50年間使えていた。分解すると結線は撚り線にビニールテープとハンダという歴史的なもの。いやはやよく持ったものである。

そして50年たった今があり、そこから50年後の日本だ。世界についてはジョージ・フリードマンが「100年予測」だとか「激動予測」がダイナミックに展開しているし、英国の「エコノミスト編集部」が「2050年の世界」なんて想像を巡らしているので、とにかく参考にするのも憚れる情報だが、読ませていただいた。だからといって日本の国際事情の50年後を想定できるものではないが、日本での未来予測は社人研の「日本人の人口予測」をベースとした2020年や2030年という近未来を想定している著書はあるが、50年や100年という未来予測は人口予測しかない。無謀過ぎる想定だから「売れない」という出版社の方針なのかもしれないが、2020年ならば東京オリンピックだし、2030年ならばたかだか14年後なので大した未来予測にはならない。それならばやはり50年後を想定してみようと言うのが「50年後の日本」を書き始めた動機。

50年後の想定は意外と難しいのだが、頭の体操に成ったというのは本音。というのも50年後の日本を意識しないと多摩ニュータウンの未来も予測できないという限界に達するので、10年後や20年後では単なる現実的な目標にしかならず、大きな方向性を見失うということにもなりかねない。50年後ならば、日本は平和国家として環境や福祉や安全安心を共有する社会を目指して、世界的にもその位置を確立して海外との関係をより多面的な関係に成長させることが可能だと考えることが出来る。

その上に立って多摩ニュータウンはこうあるべきが言えるのだと考えている。

2014年10月27日 (月)

「資本主義の終焉と歴史の危機」水野和夫 を読んだ。

 アベノミクスで経済が浮揚するのかと思いつつ、何気なく過ごしているが世の中そんなに甘くなく、消費税が上がってもそれほど動きもないというのが実情のように思えていた矢先に、この本に出会った。

 「資本主義が終わった」というのが正しい解釈で、次なる時代の経済状態に入っているのだという認識を改めて納得した。

 私の考え方は「引き潮経済」を言っているが、満潮時代には沿岸漁業ではなく遠洋漁業を基本に世界に広がる海洋での海産物などを収奪してきた。それが輸出をベースとした産業だったし、海外に生産拠点を持って行く前までは国内での生産で海外に売りに出た。

 生産基地を海外に出してからは、要素技術のエキスを輸出して、組み立てなどの単純生産は海外にシフトした。漁業で言えば養殖技術の育成などで、良質な漁業資源を育ててきたように思う。国内に育った良好な資産は日本の財産になった。

 そして今は、引き潮時代で、沿岸に育った海産物を計画的に収穫して、その収穫物の生産サイクルをコントロールして減少する人口にバランスよく供給をコントロールする時代。日本という国土と海岸線に定着した海産物や生活に関わる産業を循環させることで地域経済が成り立つという時代に入った。

 「引き潮経済」は満潮の時代に蓄えた沿岸の資源を高齢者も子供も容易に収穫できる時代でもある。豊かに実った果実をもぎ取りながら、豊かに生きる時代になっている。そんな生き方ができる日本なんだということを気づいた時に、「歴史の危機」が「歴史的な豊かさ」に結びつくのではないかと思うのだ。

2013年1月31日 (木)

温故知新:キンドル版『夜明け前』

日本の近代史を読むと必ず出てくる島崎藤村の「夜明け前」。日本が江戸から明治に向かう歴史の流れを木曽馬籠の宿を通して迂遠に描く小説。以下引用――『中央公論』誌上に、1929年(昭和4年)4月から1935年(昭和10年)10月まで断続的に掲載され、第1部は1932年1月、第2部は1935年11月、新潮社から刊行された。――というから大正デモクラシーの最終期、日本が新たに世界戦争に突き進んでいく機運を包含し始めた時期に、「木曾路はすべて山の中である」という書きだしで明治維新を語りかけている。

日本は今、バブル経済という平和ボケから失われた20年と言われるデフレ社会を体験して、無血革命かとも思われた政権交代を経て、改めて少し右傾化した安倍政権に移行して、表面的な経済が盛り返しているようにも見える。しかし、世はまさにどのように進んでいくのか、あるいは進めていくのか見えにくくなっている。ただ、未来に向けて変化があることの期待と不安が国民の心に宿っていて、もしかしたら「夜明け前」と同様な心境で人々はいるのではないかと思うこともある。

そんな中で「夜明け前」を初めて読んでいる。本来なら若い時の登竜門でもあったろう。しかし、今になって読む気になったのは、やはり維新や戦争前の状況が現代の世界情勢を観る上で必要だと感じ、近代史を知りたいという中で、学者たちの著述の中で、折りにふれ出てくる島崎藤村の「夜明け前」を無視するわけには行かなかったというのが正直な所。そして手にした書はキンドルの中にあった。

「夜明け前」は文庫本では第一部が上下、第二部も上下と4冊構成になっている。それぞれ700円程度なので紙として読むこともできる。しかし、キンドルは8000円で、「夜明け前」は無料で配本している。とすればまずはキンドルを購入すべきと判断した。おまけに小生の本もキンドル版で出している。夏目漱石、太宰治、芥川龍之介などの著書の他、坂本竜馬の「船中八策」まで無料書籍が1万点以上ある。これでは買わざるを得ないと、今「夜明け前」を読み始めた所。

日本にとってキンドルは黒船だ。電子出版は印刷文化が失われる予感がする。最近、一部の会議には電子画面を使う時代になりつつある。身近にペーパーレスが当たり前になりつつある。個人ベースの手紙やはがきは次第に少なくなっていく。かつてワープロが身近になった時にタイプライターが無くなったように。電子計算機が家庭に入った時にそろばんがなくなり、科学計算では計算尺が無くなった。そうそうタイガーの手回し計算機も姿を消した。

島崎藤村の「夜明け前」はまさに近代の曙を開眼してくれるドラマであり、今もまた大きなうねりの中で、社会の大変革を予感させるキンドルの中で取り込まれた文化として生き続けている。なんとも壮大な時代の変化に、63歳という年齢を改めて感じている。

2013年1月16日 (水)

『ニュータウン再生』と『ニュータウンの未来』をアマゾンからキンドル版で販売しはじめた。

紙の本での再販に限界を感じていたのだが、いよいよ日本もデジタル出版の時代を迎えた。そうアマゾンが日本での電子出版を始めたのだ。まだまだ日本の業界との鬩ぎ合いがあるようだが、世界に即座に公開されるという環境は画期的だ。だから表題の二冊はとりあえずネットで買えるようになった。価格は『ニュータウン再生』が300円、『ニュータウンの未来』が99円という価格にした。紙媒体での販売は税抜きで1500円の設定ではあるが、現在販売していないので紙媒体への影響もないし、頒布する目的からすると気軽に情報として読める方がいい。特にデータそのものは2005年と2007年の本ということで見劣りするので、適当な値段かなと思っている。なお『ニュータウンの未来』はPDF版の公開をしているので、その方がいい人はそれでいい。

待ちに待ったアマゾンのデジタル出版である。時代は紙媒体からCDやDVDなどの媒体に変わって電子出版という流れになった。そして、それがネット出版に替わったという流れである。音楽の場合もレコードの時代からCDやMDの時代を経て、今ではネット販売の時代に入っている。価格も数百円という低価格で音楽が身近になった。だから嘗てのレコードショップは消えて、レンタルCD屋も次第に消えていく運命にある。時代は変わるし技術は進歩する。さらに快適に容易に音楽もそして映像も身近なものになってくる。そして出版も同様である。

今、嘗てのウォークマンは誰も持っていない。殆どが小さなMP3プレーヤーによって音楽を楽しんでいる。携帯電話やスマートフォンなどと一体の機種も多く、イヤホーンにも技術開発が重ねられ、音質の良い、しかも周辺の雑音が消されるような製品もあり、益々音楽環境を身近にさせる仕組みが生まれている。だから、音楽ビジネスは大きく展開していて、世界の音楽が今パーソナルな生活の場に入り込んでいる。

いずれ出版の社会も大きく変化する。音楽と同様、ようやく紙ではない、CDではないネット版の媒体が出始めてきた。そして、その可能性は大きい。たとえば本につきものの図版である。印刷費の節約からカラーでの添付は難しかった。しかし、デジタル版ではカラーが当たり前になる。中には動画が組み込まれることもあるだろうし、インターネットに飛んで聴取することもできる。まだまだバッテリーの持ちの悪さが携帯性を制限しているが、画面表示などの省電力化が進めば、長時間カラーで利用することが可能になる。現在、キンドルの白黒で8週間電池が持つ。しかし、カラー版では9時間である。まだまだ開発の余地のあるジャンルであるので、日進月歩の進歩が楽しみでもある。

こうしたネット出版の可能性はもっと広がる。たとえば『ニュータウン再生』を英語版や中国語版、スペイン語版にすれば世界市場は拡大する。日本のニュータウンというオリエンタルでエキゾチックな響きのある日本のニュータウンを垣間見たい願望はあるはず。それが格安の情報だと解れば世界のユーザーはとんでもない数になる。最近は自動翻訳も性能が良くなった。だから機械的に翻訳したものをよく理解った専門家が修正すれば意外と簡単に翻訳ができる。そして世界への販売も可能である。ネット出版の可能性。大いに推進すべきである。

2013年1月 5日 (土)

温故知新:保健同人『家庭の医学』新版

暮れに本を整理していて、もう要らないかなと思ったのが『家庭の医学』だ。小さな書斎の書棚にあふれた活字の本が身近から消えていくことに寂しさも覚えるが、ネット情報で得られる知識の方に軍配が上がってしまった今、狭くなってしまった書棚に取り残すことが出来ないのである。部屋が広く書棚が豊富であれば捨てることもないが、仕方ないのかもしれない。そんなことを思いつつ改めて廃紙の戸棚に入れた『家庭の医学』の奥刷りを見ると、平成5年4月新版第二冊となっていた。20年間の利用の歴史に幕を閉じることになるのだと思うと複雑なものがある。

初版が昭和44年10月で大学紛争が収まり始めた頃、経済が最後のあがきのように膨らんでいた時期に生まれた本。家庭の必需品だったように思う。読者層は病気がちの高齢者というより、大都市に集中した新米子育て家庭の身近な心配を改修すべく出版されたヒット商品のように記憶している。我が家にも長く使った記憶があるし、最初に購入したのは新板の半分くらいのページ数だったように思う。それが新板は買い替えではなく捨てられる運命にある。

ネットで『家庭の医学』を検索すると、まず最初に出てくるものは『Yahoo!ヘルスケア > 家庭の医学』である。

二番目には『goo ヘルスケア >家庭の医学』が続く。どちらも嘗ての『家庭の医学』を凌駕する情報量である。これでは太刀打ち出来ないのが本の立場。だからといって製本技術を駆使して、インテリアになる装飾品にグレードアップするなんて選択もない。医療情報は新しいのが良いに決まっているので、時代遅れか中途半端な情報はすでに捨てられる運命にある。

さて、自らの建築家としての運命は如何に。時々考えて見ることがある。建築士の資格を持っていても、使っていなければ鮮度は落ちる。使うためには仕事の依頼がなければ試せないので、ペーパードライバーでは危ないことになる。

幸い、間欠泉のように仕事が舞い込む。若いころの切磋琢磨が、その時々で対応する能力は養えているので何とかなっていると思っているが、時々、若手の建築家に頼むのと自分に頼まれるのと、クライアントにとってどちらがいいのかなと考えて見ることがある。頭の中に知り合いの若手建築家をイメージして想像してみるのだが、コラボレーションが望ましいと思うことも起こってくる。先だってのアパートは息子とコラボしたし、前回のコーポラティブは経験豊かな現役建築家と共同で進めた。できる限りひとりよがりにならない現場を創りあげたいと思っている。まだまだネット情報には負けられない。

先日、30年前に新築した木造住宅の改築を頼まれた。子育てを終えて老後に備えるために、住まいを二世帯同居に改造したいという。さてさて、どうしたものか。建物の内部は隅から隅まで知り尽くしている。だからこその依頼であるが、このチームをどう組むかが課題である。建物は生きているし、建築家の本領が試されているように思う。捨てられる前に一花さかさなきゃ・・・。

2013年1月 2日 (水)

温故知新:『平凡社の世界大百科辞典』

最後まで取っておいたのが別冊の地図帳だったが、今はもう無い。学生時代に半年ばかり働いた百科事典のセールス会社でミイラ取りがミイラになった本。子供の頃から身近にあって、それほど利用していた記憶はないが、手に触れる所にいつもあった古い百科事典の記憶に、自らの手元にもと思ったのがミイラになる根源的な原因。つまり子供の頃の刷り込みが、百科事典を売ること、そして自ら買うことをさせたように思う。

セールスを始めた頃には罪悪感はなかった。子供の頃から身近にあった百科事典を広めるという仕事に違和感はなかったし、少しは正義も感じていたのだと思う。だからセールスの諸先輩方からの忠告を耳にして、地方の高校の卒業名簿を片っ端から電話してアポをとり、独身寮を訪ね歩いた。ただ、昼と夜の生活が逆転することと、土日が仕事のピークになることに違和感があったが、同僚と過ごすには時間帯が同じなので行動を共にした。しかし、半年ほど過ぎて仕事のコツを覚え、それなりの成績が出始めた頃に、違和感を感じて職を離れた。

そんな出来事から手元に置いていた『平凡社の世界大百科辞典』はすでにない。支払った価格と見合った価値が合ったかというと疑問もあるが、何か知識のステータスのように感じていたことも確か。手元にあることで自信というか安心があったのだろう。それが今ではインターネットに替わった。

世界の百科事典でブリタニカがある。インターネットが普及する中で、早速、ブリタニカが紙の本を出すことを止めて、ネット情報を基本とした販売戦略に乗り出したことがある。この動きに負けてはならないと各社も焦っていたに違いない。そのブリタニカが今も紙の本を売っている。もちろん、DVDやCD-ROMといったデジタルコンテンツでの販売もあるが、やはり紙は拡張がある。

それでは平凡社はというと、やはりここも紙の本を売っていた。2007年9月に20年ぶりに全面改訂を施し、『改訂新版世界大百科事典』としての販売である。全34巻揃定価 283,500円(税込)という価格設定はステータス価格というしか無い。おまけに書架付揃定価 299,250円(税込)の設定は正に飾る百科事典の証左でもある。これまで販売していた『世界大百科事典 第2版』のようなCD-ROM販売はない。

紙の本にする価値はどこかにある。弁護士事務所などでは書棚に法律全書の他、判例集が並んでいるのが常で、格調高く飾っている風景が定番のようだ。しかし、時代はキンドル。デジタル時代の申し子のようにコンパクトな電子書籍を見る端末が販売され始めている。情報をデジタルで読み、デジタルで蓄える時代になっている。その時に百科事典はどうなっていくのか。ブリタニカはすでにデジタルコンテンツの開発をしていて、百科辞典と言うよりも動画や時間軸を駆使した3次元の表現に入り込んでいる。ところが平凡社は紙媒体を追い求めているようである。はたして勝者は誰か。さらに先鋭になりつつある平凡社もひとつの勝者となることを期待したい。

2012年9月10日 (月)

人口変動:『東京は郊外から消えていく!』というが

『東京は郊外から消えていく! 首都圏高齢化・未婚化・空き家地図』 三浦展著(光文社新書) が2012年8月20日に初版が出て、早々と9月5日に2刷が出ていたので、気になって買ってみた。

まず、この表題が気に掛かったので本文の解釈の前に整理してみよう。

表題によると『東京の郊外は』と断っていることは、あくまでも『東京』という位置関係であり、大阪ではないし名古屋でもない。ましてや博多や札幌でもないということ。そして『東京都』ではないことから『東京圏』を指していて、『関東』までは行かないが『郊外』は首都近郊を指していると受け止めておこう。つまり都心への通勤圏という捉え方で良いだろう。

次ぎに『消えていく』というフレーズである。消えていく為には、その前に何かがあるという前提であり、その存在は『市街地』と捕らえるか『住宅地』と捕らえるか『工業地』や『商業地』という捉え方も出来よう。そこで三浦氏の郊外の捉え方に偏見が有ると気付く。都市の郊外には『農地』も有るし山谷もある。それも列記とした郊外であり、ましてや田園都市の未来を描いたレッチワースでさえ、「都市と田園の結婚」を解いた訳だから、全く郊外が消えてしまう訳はない。どうも三浦氏の思いこみは都心に人を運んだ『住宅市街地』を言っているように思う。そう考えると、はたして郊外が消えていくことが『郊外の住宅市街地は消える』という表現のほうが正しいと思う。まあ、そんな表題からの読み取りで、本の中に入っていくとしよう。

冒頭に目次があるが、「第1章 あなたの街がゴーストタウンになる」から始まる。そして「第6章 郊外をゴールドタウンとする方法」と結ぶから、結局は脅かしておいて最後に勇気づける方法という常套手段で結んでいるが、マーケティングのプロらしく、迷わず団塊世代と団塊ジュニア、さらにその子の世代をターゲットに全体の傾向で分析を加えている。

つまり、現状のままだと「ゴーストタウン」に進むのだが、やり方次第では「ゴールドタウン」、つまり単純に訳すと「黄金の街」になるという。ゴロ合わせの表現だから、ちょっと単純すぎで笑ってしまうが、本屋の店先でついつい手にしてしまう内容であることは、この増刷のスピードで納得する。

購入者は実は団塊世代の男性。郊外を生み育てた責任者で、定年退職後の時間余りの辛うじて年金をもらえそうな大消費者。それを狙い撃ちの本である。まんまと乗せられたのも私だし、恐らく同世代のおじさん達が買っているに違いない。こんな本、女性は買わない。たぶん読みたくもないだろう。あなたが理屈っぽい団塊おじさんならば、本屋の店先で買う本として手に取ってみてもいいかもしれない。決して図書館にリクエストするなんてケチな発想はしないで、ちゃんと買うことが必要。経済循環が次の世代を育てるのだから・・・。

内容についてのコメントは今後も続く・・・。

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